2010/04/14

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.3 合理的な住宅選択と住宅性能表示制度の普及をめぐる論点/4.3.1 需要者の合理的な住宅選択をめぐる問題

(1)需要者の住宅の資産価値に偏重
K物件の需要者は、住宅購入の目的において主に資産形成を念頭に置いている[1]。これは、韓国におけるアパートという商品が経済的に収益性や安定性、換金性がよい商品であり、なおかつ社会的に富や身分の象徴となったということに関連が深い[2]。問題は、住宅を居住の対象より収益の対象とする状況が、需要者が自らの生活に適合する住宅を評価・選択することを難しくしていることにある。こうした背景には、市場機能に依存した住宅政策及び住宅供給体制にあると考える。住宅政策の社会福祉機能の不十分な中で、住宅需給の不均衡、持家政策により持家の経済的優位性が明らかになった。また、その流れの中で住宅の購入において投資や投機的動機も完全に否定することができない。さらに、住宅市場が建設市場から不動産市場にシフトしながら住宅の経済的価値は、建物より土地の価値(立地的条件)に左右される傾向が顕著となり、居住性等の住宅の質が与える影響は相対的に少なくなる。住宅の経済的価値の偏重のもとでは、経済的リスク、居住性をめぐる不満やトラブル等が起こりやすく、都市住宅の質や住宅市場の多様性の内部化等を妨げる恐れがあると考える。住宅を総合的に評価し適切な選択が求められているが、需要者の意識は十分とはいえない。

(2)供給者の住宅の品質の情報開示の不十分
韓国のアパートは、殆ど壁式構造で平面の構成等に標準化する傾向があり、取引対象としての個別性は低いため、価格や品質・性能の比較が容易なものとなっている。しかし、韓国の供給者は、事業的に性能よりブランドイメージに加え、外部空間や立地を主に重視しており、外部デザイン、内装材や設備の高級化が進んでいる[3]。居住性の向上に対する供給者の取組みを完全に否定することができないが、事業的に重視する性能は限られて、居住性の向上のための物的な計画は十分とはいえない。即ち、供給者は性能に基づいた居住性の向上より、ブランドイメージの戦略を通じて住宅商品の差別化を行ってきたといえる。また、分譲関連の業務が分業化され、案内人の説明、カタログ・チラシ、モデルハウスや展示物は、殆ど定型化の傾向もみられる。その中で供給者の情報開示は、物件情報や生活情報、投資的情報が中心となり、性能や品質に関する情報開示は少ない。更に性能表示が義務付けられた物件にもかかわらず、需要者の4割合以上が住宅性能表示制度を全然知らない状況であることは、大きな問題と指摘することができる[4]。

このように住宅性能に関する情報開示に消極的な背景には、需要者の認識不足を指摘することができるが、住宅性能表示制度による既存の取引のインセンティブ構造の変化を懸念していることを否定することができない。藪下(2002)[5]が示したモラルハザードのメカニズムを、供給者の品質の向上やトラブル防止のための行動に適用すると、トラブルの発生確率は、供給者が欠陥や瑕疵防止のための努力や支出に依存するものである。品質の情報が開示されていない中で内性的不確実性に直面した供給者は、品質の向上や欠陥防止のための行動を変化させることによって、発生確率の不確実に影響を及ぼし、便益を受けることとなり、この行動を過剰に行うならば、この現象がモラルハザードということができる。このような内性的不確実性の状況を避けるために、情報非対称性の状況を解消する必要があり、供給者の自発的な質の情報開示が求められることとなる。

(3)住宅の品質の情報流通の不十分
「より良い住宅にすみたい」を選択した需要者(34)は、殆ど「返済能力不足(18)」を示しているが、「住環境及び居住性能の情報の不足(4)」はあまり示されていない。これは、先ず、住宅に対する質的ニーズがあるが、購入資金の負担のため、住宅がなかなか得られない事情を示していると考えられる。韓国における分譲価格の高騰は、慢性的問題であり、分譲価格の自律化以降、再び顕著になった。分譲価格をめぐる論点の根源には、価格と品質の妥当性の疑問であり、さらに需要者の不信感は大きい。そのため、需要者は不足な情報として何よりも「建築費及び見積もりの情報」を求めているといえる。

次に住宅の性能に関する情報がなかなか得られない事情を指摘することができる。消費者の自己責任を重視する傾向がある韓国では、インターネットを基盤に価格や物件の情報開示に関する社会的整備が進んできたが、居住性等、品質の情報開示はあまり進んでない[6]。その理由の中では、数量的に表現が比較的容易な価格や物件情報に比べて、品質に関する情報には伝えることが困難な情報があるといわれている[7]。さらに品質の情報開示には、コストや評価技術等がかかり、情報の信頼性も問われる。こうした事情を踏まえて考えると、需要者が品質を含め総合的に住宅を評価し、適切な選択行動をとることができる社会的な整備は未だ十分とはいえない。そのために需要者の品質に関する情報収集を支援する体制の構築が求められることとなる。 


[1] 日本の事情とは非常に異なる。1988・1998・2003年度「住宅需要実態調査結果(国土交通省)」の資料によると、住宅が変化した理由として「資産形成」の割合は、4.6%(1988)、4.3%(1998)、6.1%(2003)にすぎない。
[2] 参考文献8),9)
[3] 参考文献2),3)
[4] 日本の場合、2001・2002・2003・2004・2005年度の「住宅性能表示制度アンケート調査報告書(国土交通省)」によると、現在の住宅が評価住宅であることの認知度に対して、「知らなかった」の割合は25.1%(2001)、8.8%(2002)、8.0%(2003)にすぎない。また、住宅性能表示制度の認知度について、「知っている」の割合は、84.0%(2001)、81.5%(2002)、87.9%(2003)、86.4%(2004)、83.9%(2005)となっている。
[5] 参考文献10)
[6] 参考文献11)によると、不動産情報の提供は、主にインターネットの媒体を通じて、行政は地価動向、土地取引動向を、民間は物件の取引価格を提供しており、市場情報、価格情報、投資情報、売買情報、分譲情報等が主流となっている。
[7] 参考文献10)

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