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2010/04/14

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.4 本章のまとめ

本章では韓国の(K物件)分譲集合住宅の需要者の受容特徴に対して以下の点を明らかにした。

(1)K物件の需要者の住宅需要及び選択の意識と住宅性能表示制度の浸透実態
①需要者は、住宅及び住環境より住宅品質に対する不満を高く示している。②住宅購入の目的は良い住宅に住みたいという希望や物件不足も高く示しているが、主にこれからの生活に備えるためであり、住宅購入の資金的な困難を最も高く示している。③住宅に関する情報は、供給者に依存する傾向が大きく、建築費の内訳や健康の配慮程度に関する情報の要求が多い。④住宅性能及び品質に関しては、自己の理解不足と供給者の説明の不足を高く示している。⑤需要者の4割以上が住宅性能制度を知らないことを示しており、供給者の情報開示が適切に行われていない。

(2)合理的な住宅選択をめぐる問題
需要者の意識を総合的に検討すると、需要者の住宅に対する資産価値への偏重意識と共に、供給者の性能情報開示と性能情報流通の不十分を指摘することができ、「住宅の質に関する意識」「住宅の質に関する情報開示」「住宅の質に関する情報流通」の適正化が求められる。

(3)住宅性能表示制度の普及をめぐる問題及び課題
制度の普及において「運用面:義務制や供給者に依存する普及政策→需要者に向け普及対策の必要」「充実面:評価情報の信頼性に向けた仕組みの不備と維持管理と監視・監督の問題→仕組みの補完と監視・監督体制の整備」「基盤面:需要者・供給者の制度に関する認識の不足と評価情報流通の問題→制度の広報や啓蒙と評価情報の流通体制の整備」に問題及び課題を指摘することができ、更なる検討が求められる。

(4)住宅性能表示制度の補完の方向 
以上より、合理的な住宅選択と住宅性能表示制度の普及をめぐる問題を再整理し、制度の補完の取組みに関する知見が得られており、これらを表4-2に示す。韓国における住宅性能表示制度の充実が求められているが、制度の実効性や有効性を図るためには、何よりも性能情報の流通体制等に関する制度の基盤整備が必要となり、特に性能情報の提供と伝達プロセスの整備が求められる。これらの整備を通じ社会的に住宅性能表示制度の浸透を図り、物件選択時、あるいは物件の維持管理や入居後の段階で問題発生時にも役立つことができると考える。

表4-2 韓国の住宅性能表示制度の補完に向けて取組み 

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.3 合理的な住宅選択と住宅性能表示制度の普及をめぐる論点/4.3.2 住宅性能表示制度の普及をめぐる問題及び課題

(1)住宅性能表示制度の役割及び期待 
住宅性能表示制度は、住宅の質の問題に対し「対物的:社会資本形成的機能」と「対人的:社会福祉的機能」対策となり、総合的対策となる。対物的には、良質住宅ストック形成を目指した住宅計画の視点から評価できるものである。また、対人的には、合理的な住宅選択に向け消費者保護視点から評価できるものである。特に住宅の質の向上の視点で対人的な対策が重視される(住田,1988)[1]。上記の住宅選択をめぐる問題に対して、これらの対策として役割も期待することができる。しかし、K物件の事例のように社会浸透は十分とはいえない状況である。制度の定着及び受容をめぐる問題を運用、充実、基盤面から指摘し、その対応を探りたい。

(2)制度の運用面
最近、行政では義務対象の範囲(現在1000戸以上の団地)を拡大する方案が検討されている。また義務対象の以外に対しては、一昨年の中盤より分譲価格のインセンティブを与えて普及を促進しており、その影響より評価件数が増加している[2]。こうした意欲的な普及促進の対策にもかかわらず、義務やインセンティブがなくして制度の普及を予断することができない現状である。なおかつ供給者に依存する傾向が大きい。日本の場合、制度の普及が徐々に進んでいるが、需要者側から求められている事情に注目する必要がある。また、普及の程度が必ずしも制度の有効性や実効性を保障しないため、制度の需要を生み出すように制度の本来目的とする需要者に向けた制度の運用が求められており、その意味でより制度の充実と制度の基盤が重視される必要がある。

(3)制度の充実面
制度の充実面は「維持管理」や「監視・監督」を意味しているといえる。ます、維持管理については、技術の開発や普及に伴い、基準(項目や評価基準など)及び仕組みの実質的な効果が時間の経過とともに低下していく点に注意し、機動的に見直す体制を整備することが、制度の有効性を維持するうえで重要である(長谷川,2004)[3]。施行2年目を迎えた韓国の行政は、施行初期の問題を見直している。項目の追加、表示方法の改善(星印表示)等の検討が行われており、需要者に向け取り込んでいる。しかし、建設段階評価、紛争処理機関等が果たす機能及び役割に対する仕組みの補完は行われていないので、評価情報の信頼性を保つための制度的に補完が求められる。これらは、性能評価-情報開示-保証-紛争処理につながるパッケージを形づくることができ、今後制度の活用段階の推進するうえで重要となると考える。また、制度の執行のために正しく認定が行われているのか、あるいは正しく情報開示が行われているのかを監視・監督することが重要である。今回のK物件の評価情報の開示において供給者の消極的な取組みは、むしろ住宅性能表示制度の役割及び機能を反証していると考えられる。従って、情報開示が義務付けられても、このルールが遵守されていない事情に注目し、行政は単にルールを定めるだけではなく、そのルールが守られるような努力が求められる[4]。

(4)制度の基盤面
住宅性能表示制度は、社会的に求められる項目に基づき、特定水準が定められており、建築法や住宅法により設定された既存の値の以上の水準を制御し性能情報が開示されている。しかし、このような情報伝達手法は、需要者の意識実態で理解不足を示したように専門知識に乏しい需要者に混乱を与えるリスクがあると指摘されている。こうした混乱は、本来有効性の高い政策手法についても、その効果的な機能の発揮を阻害することとなるため、設定の考え方に関する情報を積極的に関係者に提供することが必要となる(長谷川,2004) [5]。その意味で需要者の認識水準を上げることが求められており、「直接手段」と「間接手段」をあげることができる。先ず、「直接手段」は、行政がマニュアル作成及び講習会の開催等を行うことであり、制度の初期の普及段階に重要な役割を果たすこととなる。しかし、韓国の場合は、これらの実績は十分とはいえない。次に「間接手段」は、情報媒体の活用することである。住宅性能表示制度のような需要者のための支援体制は、情報収集の費用を低下させることとなるが、制度の履行、情報開示に費用がかかっている。現在の供給者に依存する情報開示の体制には、その限界が見られる。
しかし、最近、情報技術の急速な発展は、情報収集や開示の費用を低下させることができると考えられる。住宅性能表示制度にかかわる第3者の情報媒体(物件情報誌や不動産情報サイト等)との融合を模索し、情報開示や情報取得しやすくなれるように、性能情報の流通体制の整備が求められる。これによって、ブランドイメージやメーカー規模に基づく住宅選択より住宅を総合的に評価し合理的な住宅選択を図るうえに役立つことができると考える。

[1] 参考文献12)
[2] 現在、「分譲価格の上限制」が行われているが、任意や義務で住宅性能制度の評価を受けて、住宅性能等級評価で総160点中の80点-95点以上となると、基本建築費の1-4%を加算することができる。なお、国土海洋部の内部資料(2008.7)によると、2008年5月現在、35件が評価を受けた。その内容は、2006年は2件、2007年は16件、2008年5月までは17件である。また、1000戸以上の物件(義務)は8件、1000戸未満の物件は27件であり、殆ど義務対象以外の物件である。
[3] 参考文献13)
[4] 参考文献14)によると、制度がその機能を果たすための本質的部分は、違反をつきとめる費用と処罰の厳格さである。
[5] 参考文献13)

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.3 合理的な住宅選択と住宅性能表示制度の普及をめぐる論点/4.3.1 需要者の合理的な住宅選択をめぐる問題

(1)需要者の住宅の資産価値に偏重
K物件の需要者は、住宅購入の目的において主に資産形成を念頭に置いている[1]。これは、韓国におけるアパートという商品が経済的に収益性や安定性、換金性がよい商品であり、なおかつ社会的に富や身分の象徴となったということに関連が深い[2]。問題は、住宅を居住の対象より収益の対象とする状況が、需要者が自らの生活に適合する住宅を評価・選択することを難しくしていることにある。こうした背景には、市場機能に依存した住宅政策及び住宅供給体制にあると考える。住宅政策の社会福祉機能の不十分な中で、住宅需給の不均衡、持家政策により持家の経済的優位性が明らかになった。また、その流れの中で住宅の購入において投資や投機的動機も完全に否定することができない。さらに、住宅市場が建設市場から不動産市場にシフトしながら住宅の経済的価値は、建物より土地の価値(立地的条件)に左右される傾向が顕著となり、居住性等の住宅の質が与える影響は相対的に少なくなる。住宅の経済的価値の偏重のもとでは、経済的リスク、居住性をめぐる不満やトラブル等が起こりやすく、都市住宅の質や住宅市場の多様性の内部化等を妨げる恐れがあると考える。住宅を総合的に評価し適切な選択が求められているが、需要者の意識は十分とはいえない。

(2)供給者の住宅の品質の情報開示の不十分
韓国のアパートは、殆ど壁式構造で平面の構成等に標準化する傾向があり、取引対象としての個別性は低いため、価格や品質・性能の比較が容易なものとなっている。しかし、韓国の供給者は、事業的に性能よりブランドイメージに加え、外部空間や立地を主に重視しており、外部デザイン、内装材や設備の高級化が進んでいる[3]。居住性の向上に対する供給者の取組みを完全に否定することができないが、事業的に重視する性能は限られて、居住性の向上のための物的な計画は十分とはいえない。即ち、供給者は性能に基づいた居住性の向上より、ブランドイメージの戦略を通じて住宅商品の差別化を行ってきたといえる。また、分譲関連の業務が分業化され、案内人の説明、カタログ・チラシ、モデルハウスや展示物は、殆ど定型化の傾向もみられる。その中で供給者の情報開示は、物件情報や生活情報、投資的情報が中心となり、性能や品質に関する情報開示は少ない。更に性能表示が義務付けられた物件にもかかわらず、需要者の4割合以上が住宅性能表示制度を全然知らない状況であることは、大きな問題と指摘することができる[4]。

このように住宅性能に関する情報開示に消極的な背景には、需要者の認識不足を指摘することができるが、住宅性能表示制度による既存の取引のインセンティブ構造の変化を懸念していることを否定することができない。藪下(2002)[5]が示したモラルハザードのメカニズムを、供給者の品質の向上やトラブル防止のための行動に適用すると、トラブルの発生確率は、供給者が欠陥や瑕疵防止のための努力や支出に依存するものである。品質の情報が開示されていない中で内性的不確実性に直面した供給者は、品質の向上や欠陥防止のための行動を変化させることによって、発生確率の不確実に影響を及ぼし、便益を受けることとなり、この行動を過剰に行うならば、この現象がモラルハザードということができる。このような内性的不確実性の状況を避けるために、情報非対称性の状況を解消する必要があり、供給者の自発的な質の情報開示が求められることとなる。

(3)住宅の品質の情報流通の不十分
「より良い住宅にすみたい」を選択した需要者(34)は、殆ど「返済能力不足(18)」を示しているが、「住環境及び居住性能の情報の不足(4)」はあまり示されていない。これは、先ず、住宅に対する質的ニーズがあるが、購入資金の負担のため、住宅がなかなか得られない事情を示していると考えられる。韓国における分譲価格の高騰は、慢性的問題であり、分譲価格の自律化以降、再び顕著になった。分譲価格をめぐる論点の根源には、価格と品質の妥当性の疑問であり、さらに需要者の不信感は大きい。そのため、需要者は不足な情報として何よりも「建築費及び見積もりの情報」を求めているといえる。

次に住宅の性能に関する情報がなかなか得られない事情を指摘することができる。消費者の自己責任を重視する傾向がある韓国では、インターネットを基盤に価格や物件の情報開示に関する社会的整備が進んできたが、居住性等、品質の情報開示はあまり進んでない[6]。その理由の中では、数量的に表現が比較的容易な価格や物件情報に比べて、品質に関する情報には伝えることが困難な情報があるといわれている[7]。さらに品質の情報開示には、コストや評価技術等がかかり、情報の信頼性も問われる。こうした事情を踏まえて考えると、需要者が品質を含め総合的に住宅を評価し、適切な選択行動をとることができる社会的な整備は未だ十分とはいえない。そのために需要者の品質に関する情報収集を支援する体制の構築が求められることとなる。 


[1] 日本の事情とは非常に異なる。1988・1998・2003年度「住宅需要実態調査結果(国土交通省)」の資料によると、住宅が変化した理由として「資産形成」の割合は、4.6%(1988)、4.3%(1998)、6.1%(2003)にすぎない。
[2] 参考文献8),9)
[3] 参考文献2),3)
[4] 日本の場合、2001・2002・2003・2004・2005年度の「住宅性能表示制度アンケート調査報告書(国土交通省)」によると、現在の住宅が評価住宅であることの認知度に対して、「知らなかった」の割合は25.1%(2001)、8.8%(2002)、8.0%(2003)にすぎない。また、住宅性能表示制度の認知度について、「知っている」の割合は、84.0%(2001)、81.5%(2002)、87.9%(2003)、86.4%(2004)、83.9%(2005)となっている。
[5] 参考文献10)
[6] 参考文献11)によると、不動産情報の提供は、主にインターネットの媒体を通じて、行政は地価動向、土地取引動向を、民間は物件の取引価格を提供しており、市場情報、価格情報、投資情報、売買情報、分譲情報等が主流となっている。
[7] 参考文献10)

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.2 K物件の需要者の住宅選択の意識と住宅性能表示制度の浸透の実態/4.2.3 需要者の住情報及び住宅性能に関する意識

(1)住宅購入(予定)の際に役立った情報媒体と不足な情報
需要者の役立った情報媒体、不足な情報を図4-4に示す。先ず、住宅を購入した際に役立った情報媒体は、「住宅展示場(57.1%)」が最も多く、「新聞(35.8%)」「インターネット(35.8%)」や「親戚や友人、知人(30.0%)」と続いている。需要者は、供給者、大衆媒体等に依存する傾向が多く見られており、近年、情報化の進展によりインターネット媒体の役割も目立っている。そのため、インターネット媒体を選択した需要者(n=30)を対象として検索内訳を再び尋ねたところ、「不動産分譲情報・価格情報のサイト(70.0%)」や「ニュース・記事(43.3%)」が上位を示し、「供給者(建設)サイト(33.3%)」「ポ-タルサイトの知識情報のQ&A(33.3%)」が続いた。しかし、ゼミ・講習会や住宅専門書籍による情報媒体(取得)は、あまり重視されていないことに見られる。

次に、不足な情報は、「建築費・見積もり(43.5%)」が最も多く、「健康に配慮した程度(40.0%)」となっており、最近、住宅をめぐる分譲価格と健康に関する需要者の関心が高く示されているといえる。ほとんどの項目で2割前後の低い回答があったが、その中で住宅の構造・工法、資材・部品等の住宅の物理的な情報のほかにも、地形・地域特性、建設及び供給者情報等が求められている。

図4-4 役立った情報媒体(左)と不足な情報(右)(N=85) 

(2)需要者の品質及び性能に関する意識
需要者の品質及び性能に関する意識を図4-5に示す。需要者は品質及び性能に関する高い関心を示したと考えられる。しかし、住宅品質及び性能の理解(非常に理解+やや理解:理解率:55.3%)、供給者側の説明(非常に満足+やや満足:満足率:45.2%)が十分とはいえないため、需要者と共に供給者の意識の改善余地があると考えられる。

図4-5 品質及び性能に関する意識(N=85)

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.2 K物件の需要者の住宅選択の意識と住宅性能表示制度の浸透の実態/4.2.2 需要者の住宅需要に関する意識

(1)住宅及び住環境の評価 
 調査対象の需要者(契約者と訪問者)の属性については、「女性(64.3%)」「40代(42.9%)」「既婚(85.4%)」「4人家族(44.7%)」「会社員(35.3%)」「住宅購入経験1回(46.4%)」等が最も多い。また、従前の住宅特性は「持家(75.3%)」「地域:忠北(64.7%)」「アパート(80.0%)」、「築5年以下(55.3%)」「居住5年以下(74.1%)」「RC造(89.3%)」等が最も多い。 

先ず、従前の住宅及び住環境、住宅品質等に関する満足度を尋ねた。住宅及び住環境に対する総合評価(N=84)で、「非常に不満」が2.4%、「不満」が26.2%であり、不満率(非常に満足+満足)が28.6%となっている。また、住宅と住環境に対する評価で不満率は各々27.1%(N=84)、24.7%(N=85)となって、住居環境に大体に満足していると考えられる。しかし、住宅品質に対する評価では、不満率が38.5%(N=84)となり、住宅に対する評価の不満率より高いのである。図4-2は住宅と住環境の各要素に対する評価結果を示したものである。先ず、住宅に対する不満率(非常に不満+不満)平均は41.5%、住環境に対する不満率の平均は43.5%を占め、4割超の需要者が不満を示している。 

 次に、住宅の各要素に対する評価では、「高齢化等への配慮(56.5%)」「換気性能(51.7%)」「外部騒音等に対する遮音性(50.6%)」が不満率50%以上、「収納空間(49.4%)」「住宅の腐食・損傷の程度(43.5%)」「火災時の安全性(42.4%)」が不満率40%以上となっている。

最後に住環境の各要素に対する評価では、「緑地・水辺等の自然環境(60.0%)」「騒音・大気汚染等の程度(51.8%)」が不満率50%以上、「まわり道路の歩行時の安全(49.4%)」「敷地の広さ・採光・通風等の空間のゆとり(47.1%)」「子供の遊び場・公園(44.7%)」「近隣の人たちとの交流(44.7%)」が、不満率40%以上となっている。こうした評価より、特に住宅内では高齢化関連の利便性と空気・音環境関連の保健性、また、住宅の外部では自然環境関連の快適性に改善余地があるといえる。

図4-2 需要者の住宅及び住環境の評価(N=85) 

(2)住宅購入の目的と困難点
 需要者に住宅購入の目的と困難点に関する項目の中で二つを選んで順位を付けてもらったのが図4-3である。先ず、住宅購入の目的は、「資産形成のため(契:63.8%>訪:46.9%)」が最も多くのであり、「さしあたり不便はないが良い住宅に住みたいため(契:39.4%<訪:46.9%)」「高齢期にも住みやすい住宅や環境にするため(契:34.9%>訪:3.1%)」「子供成長や教育のため(契:16.5%<訪:18.8%)」と続いている。需要者は、主にこれからの生活に備えるため、住宅を購入しているといえる。次に、住宅購入の際に困難点は、「預貯金や返済の能力の不足 (契:61.7%<訪:73.6%)」が最も多く、「気に入った住宅がない(契:32.3%≒訪:32.1%)」「住宅の物件に関する情報が得にくい(契:17.3%>訪:16.3%)」と続いている。需要者は、主に経済的負担を懸念しており、物件の不足も示しているが、物件に関する情報不足はあまり示さなかった。しかしながら、設問票調査の自由記入欄では、全17件の回答中の7件が情報提供関連の回答であった。需要者は充実な情報開示や透明性を求めており、また、資産価値を強く意識した住宅購入より、現実性にあわせて必要な住宅を購入することができるように品質、環境、価格等の適正な住宅情報をもらいたいとの意見もあった。更にインタビュー調査では、住宅選択において供給者のブランドや近隣施設等が重視しているとの意見が見られた。 

図4-3 住宅購入の目的(左)と購入の際の困難(右)(N=85)

第4章 韓国の分譲集合住宅需要者の住宅選択と住宅性能に対する意識/4.2 K物件の需要者の住宅選択の意識と住宅性能表示制度の浸透の実態/4.2.1 K物件の特徴

  K物件の供給者は、中堅会社であるが、民間ディベロッパーの中でメジャー級といわれている。新進会社だから住宅市場において会社名より住宅商品のブランド戦略により高級なイメージや認知度を上げてきた。K物件は、韓国の中部地域の60万人口の中規模都市に位置しており、近年大都市のマンションの高級化が地方の住宅市場への移行を示すことができる。そのため、K物件の分譲価格は、周辺の物件より高い[1]。供給者は、K物件を含め、住商やアパートと百貨店、病院、学校、公共施設、公園等で構成される多機能複合団地を目指している。今回の分譲戸数が2,000戸を超え、住宅性能表示制度の義務対象となっている。供給者は、現場の周近にモデルハウスを建設し管理・監督を行っているが、契約及び案内業務は分譲業務代行の専門業者に委託されている。需要者は自由にモデルハウスの見学することができ、分譲カタログやパンプレット等ももらうことができる。しかし、敷地周辺や地域情報等が多く、住宅性能評価を受けた物件にもかかわらず評価書情報を確認することができなかった[2]。

図4-1 K物件の施工現場とモデルハウスの内部 


[1] K物件の概要を下記にようになる。分譲方式:先分譲後施工、分譲開始・入居予定:2007年3月・2010年末、分譲価格:約1100万WON/坪(周辺分譲アパート:約800万WON/坪)、形態・敷地面積:住商複合(共同住宅)団地・67,934㎡、構造・規模:RC造・地下3層・地上37-45層、住戸数:2164戸、住棟:タワー型・9棟、・住戸タイプ:38・49・59・63・77坪、その他:外部空間及び住民共同施設等。
[2] 「住宅法(第21条の2)」に基づき、住宅性能表示制度の義務対象は、性能評価を受けることと、性能事項の等級を「入居者募集公告」に掲示することが義務づけられている。事業主体は、分譲する5日以前に入居者募集公告を日刊新聞等に掲示しなければならない(住宅供給に関する規則(第8条)より)。その内容には、住宅性能等級表示とともに事業主体名、施行業者名、物件情報、入居者へ融資支援、手続き、分譲価上限制適用住宅の分譲価格公開(宅地費・工事費、間接費等)等が定められている。なお、入居者募集公告に住宅性能等級が開示されなかったことに対し、K物件の供給者は、手続上の誤りを認めており、行政から指摘を受けた。

第4章 参考文献-References

参考文献

1) 李炫尚・高田光雄・金洙岩:長期耐用型集合住宅の供給における行政の技術的制御に関する研究-韓国の住宅性能等級表示制度を中心に-,日本建築学会大会学術講演梗概集F-1分冊,pp.1273-1274,2006.9

2) 李炫尚・高田光雄・高井宏之・金洙岩:韓国の住宅性能表示制度に対する供給者の評価と課題,日本建築学会計画系論文集620,pp.151-158.2007.10

3) 李炫尚・高田光雄・高井宏之・金洙岩:韓国の住宅性能表示制度に対する供給者の評価と課題,日本建築学会計画系論文集620,pp.151-158.2007.10

4) 李炫尚・高田光雄・高井宏之・金洙岩:日韓における住宅性能表示制度の成立と集合住宅の供給者の受容,日本建築学会計画系論文集634,pp.2717-2724,2008.12

5) 高井宏之:住宅性能表示制度(共同住宅)に関する需要者の受容と評価の実態,都市住宅学47号,pp.95-100,都市住宅学会,2004

6) 高井宏之・高田光雄:品確法の住宅性能表示制度(共同住宅)の供給者・需要者への浸透と評価に関する研究,第11回(平成14年度)研究助成成果報告,pp.425-444,(財)トステム建材産業振興財団,2005.3

7) 国土研究院HP:2006年度住居実態調査-研究報告書(建設交通部,2007.4),,国土研究院,(参照2008-8)

8) Valérie Gelezeau(訳:Gil H.Y):アパート共和国-フランス地理学者がみた韓国のアパート,フマニタス,2008(5刷),(邦題)

9) 全相仁:アパートに狂う-現代韓国の住居社会学,イスブ,2009(2刷),(邦題)

10) 藪下史郎:非対称情報の経済学,光文社新書,2006(4刷),pp.78-148

11) 韓国不動産情報協会・他:不動産情報の管理及び利用に関する法律制定のための公聴会の資料,2006.7.7,(邦題)

12) 住環境の計画編集委員会:社会のなかの住宅,彰国社,1988,pp.34-41

13) 日本建築学会編:建築環境マネジメント,彰国社,2004,pp.23-31

14) DC.North(訳:竹下):制度・制度変化・経済成果,晃洋書房,2004(5刷)

15) 国家法令情報センターHP:「住宅法」「住宅供給に関する規則」「住宅建設基準等に関する規定」,,法制処,(参照2009-8)

16) 日本住宅協会:住宅需要動向住宅需要実態調査の結果-「昭和63年」・「平成10年」,日本住宅協会編,1988,1998

17) 国土交通省HP:平成15年 住宅需要実態調査の結果(2004.9.3),住宅局住宅政策課,(参照2008-8)

18) 国土交通省HP:平成15年度住宅市場動向調査(住宅性能表示アンケート)の結果について(2004.12.28),住宅局住宅生産課,(参照2008-8)

19) 国土交通省HP:「平成17年度」・「平成16年度」住宅市場動向調査(住宅性能表示制度アンケート)結果の主要なポイント,(参照2008-8)

2010/04/01

第3章 参考文献-References

参考文献

1) 李炫尚・高田光雄・金洙岩:長期耐用型集合住宅の供給における行政の技術的制御に関する研究-韓国の住宅性能等級表示制度を中心に-,日本建築学会大会学術講演梗概集F-1分冊,pp.1273-1274,2006.9

2) 李炫尚・高田光雄・高井宏之・金洙岩:韓国における住宅性能表示制度に対する供給者の評価-分譲アパートの供給者を対象にアンケート調査を中心に-,日本建築学会大会学術講演梗概F-1分冊,pp.1521-1522,2007.8

3) 李炫尚・高田光雄・高井宏之・金洙岩:韓国の住宅性能表示制度に対する供給者の評価と課題,日本建築学会計画系論文集620,pp.151-158.2007.10

4) 高井宏之:住宅性能表示制度(共同住宅)に関する供給者の受容と評価の実態、都市住宅学39号,pp.55-60,都市住宅学会,2002

5) 高井宏之・高田光雄:品質法の住宅性能表示制度(共同住宅)供給者・需要者への浸透と評価に関する研究,第11回研究助成成果報告書,pp.425-444,財団法人トステム建材産業振興財団,2005.3

6) 一棟宏子:消費者の立場からみた住宅の品質確報促進法の現状と問題,都市住宅学44号,pp.15-19,都市住宅学会,2004

7) 高田光雄:都市住宅供給システムの再編に関する計画的研究,京都大学大学院博士論文,1991,pp.29-39,147-153,251-255

8) 国土交通省住宅局住宅生産課・他:日本住宅性能表示基準・評価方法基準技術解説2006,工学図書株式会社,2006.10

9) 石坂聡:住宅品質確保の促進等に関する法律の現状と今後について,都市住宅学44号.pp.4-9,都市住宅学会,2004

10) 松本光平:諸外国の住宅保証制度と性能表示制度,ジュリストNo1159,pp.38-45,有斐閣,1999.7.1

11) 松本光平:品確法の論点,都市住宅学44号,pp.33-37,都市住宅学会,2004

12) 国土海洋部HP:「2009年度住宅総合計画(2009.3)」,,国土海洋部,(参照2009-6)

第3章 韓国の分譲住宅集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.4 本章のまとめ

本章では韓国の分譲集合住宅の供給者の受容特徴に対して以下の点を明らかにした。

(1)供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価の特徴
①制度の利用については義務付け対象に限り利用する予定であるが、他社との差別化や製品の特長を示すために利用する意思があって販売促進の手段として利用される可能性が見られた。②制度に関する全体的評価では、制度導入の時期・義務化・性能評価基準・方法・認定の手順・関連情報等に対する否定的な意識と、制度の利用に従う技術の確保とコスト上昇の負担への懸念を示した。また、性能等級の表示による需要者の誤解・瑕疵等の発生の可能性があって、紛争処理機関の設置及び建設段階の評価の要望がみられた。③表示項目に関する評価では、先ず、「1.騒音部門」の軽・重量衝撃音・トイレ騒音等と「3.環境部門」の室内空気質・エネルギー性能項目等が重視された。改善の余地では「3.環境部門」の自然土壌及び自然地盤の保全・日照と「1.騒音部門」の重量衝撃音、「2.構造部門」の修理の容易性の共用部分の性能項目等が大きかった。改善の余地に対する指摘内容では評価基準の問題・コストの上昇と技術の必要、需要者の誤解等に関する内容が多かった。④本制度以外の性能項目の拡充には消極的であったが、結露防止対策・ライフサイクルコスト、住戸内収納比率、ゴミ処理方式、駐車台数・方式、セキュリティの確保、天井高等の表示に関心を示した。

(2)住宅性能表示制度をめぐる問題点と課題
供給者の意識及び評価に基づき、①義務付け制、②表示項目と評価基準の適正性、③紛争発生の可能性に集中し論点をあたえると、①については制度化の過程で社会的な議論の不十分さ、②については性能項目の妥当性・技術及びコスト的な困難、予測精度が乏しい評価方法、③については需要者の認識不足、評価書の法律的位置づけと紛争処理の対応等、制度上の不備な点を指摘することができる。これらに対して適切な対応が求められる。

韓国における住宅性能表示制度は、既存住宅の質・量的問題を情報の非対称性に着目し解消しようとすると表示するべき性能項目を標準化し需要者向け性能情報を提供する体制を構築したという点から高く評価される。即ち、住宅の商品化の進行に従い需要者の役割が重視される中で、住宅性能表示制度を通しての品質情報の提供は需要者の合理的な選択行動を支援し、良質の集合住宅の実現に向けて大きな役割を果たすことと期待される。しかしながら、今後この制度が社会への広範囲な普及に向けて今からどのように本制度を育ていくのかが課題となる。特に住宅性能表示制度をめぐる問題に対する論点の中心には需要者に深く関わるものであり、制度が今後目指すべき方向を示唆している。従って、施行初期の韓国において供給者から指摘された上記の事項を含め、需要者に対する制度の不備な点を改めて見直し、更に制度の充実を図ることは重要な課題となると考えられる。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.3 韓国における住宅性能表示制度に関する論点と課題/3.3.3 紛争発生の可能性

供給者が一番心配していることは、表示性能と竣工後の性能が一致しない場合に生じる需要者とのトラブルである。特に建設段階の評価が設けられてないため、性能の検査や確認が難しくなっている。さらに、韓国の認定機関では客観的な性能保証を表明しているため、需要者に誤解を与え、性能表示と性能保証が混同され新たなトラブルが発生する可能性がある。

これを①保証問題と②紛争処理の問題に分けて考察すると、先ず、通常、表示された「性能」は、そのまま「保証」されると受け取られやすいが、住宅性能表示制度における性能は、性能に応じて級別された指標であって、性能そのものではないため、直接保証できないといわれている[1]。さらに、表示される等級や数値などは、合理的・客観的に設定された評価方法基準に従って評価された結果であるが、この範囲を超える居住者の実感や実測結果の程度について保証をするものではないことが示されている。従って、住宅性能評価書と契約内容との関係が曖昧であると、無用のトラブルを発生させる原因となる恐れがあると考えられる。そのため、日本では住宅供給者が請負契約(又は売買契約)の書面に住宅性能評価書やその写本を添付した場合や需要者に住宅性能評価やその写本を交付した場合には、住宅性能表示の評価書に表示された性能を有する住宅の建設工事を行うことを契約したものとみなすこととしている。反面韓国の場合は、評価書と契約書との関係が不明瞭になっており、供給者に対して実務的な困難を生じさせている。従って評価書と契約書との関係を明瞭にすることが必要であると考えられる。

次に、表示された性能が達成されていなかったといったトラブルが発生した場合は、②についての対策が必要である。韓国の場合、紛争処理は法廷の裁判に任せてきたが、最近、建築紛争調停委員会(建設交通部)や環境紛争調整委員会(環境部)で調停、仲裁ができるようになっている。しかし、紛争の内容・時点により、その利用は異なる。前者は、担保責任期間内の瑕疵の責任についての紛争の場合、後者は、担保責任期間に関わらず、住居環境に限り紛争の場合に利用することができる。また、住宅法により担保範囲・責任・期間及び紛争処理が定められているが、住宅性能表示制度との関係を考慮したものではないので、紛争処理機関と瑕疵担保範囲・責任等に関する法・制度の整備が必要であると考えられる。しかし、性能表示に従い、紛争の予防的機能を考えるなら、建設段階の評価の導入も考慮すべきであろう。


[1] 参考文献11)によると、松本(2004)は、表示性能は、設計理論に基づく仕様によって実現される水準の組み合わせを統合して「指標としての性能水準」に対応させているものであり、「ゆらぎ」があるため、表示された特定の性能水準が確実に実現されるのではないと示している。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.3 韓国における住宅性能表示制度に関する論点と課題/3.3.2 表示項目と評価基準の適切性

いずれにせよ、本制度の目的が住宅取得支援ツール、あるいは性能向上にあっても、図3-4と表3-2に表れたように性能項目及び評価方法について問題点が指摘されている。この背景として①選ばれた性能項目の妥当性の疑問、②等級の向上が技術及びコスト的に困難、③予測精度が乏しい評価方法等が指摘されている。

先ず、一部の供給者は「2-1可変性」、「2-2修理の容易性」等の性能項目に対して住宅技術政策の志向・方向を含めた「技術的意欲」が前面に出すぎたものと言っており、市場のニーズと表示すべき項目の間にギャップがあることを示している。これは、行政と専門家に主導された制度化の過程に対する問題につながっているが、需要者の認識不足の側面から啓蒙的な性能項目を差し込むのは行政・専門家の役割として認められることである。しかし、高田(1991)[1]が指摘したように住宅性能表示制度を需要者が適切な選択行動を支援する体制として位置付ければ、需要者に向け性能項目や表示方法等を考慮しなければならないと考えられる。その面からみると、現在表示するべき性能項目において需要者のニーズがどのくらい考慮されているのかが分かりにくい状況は改善の余地がある。

次に、供給者は「1-1重量衝撃音」、「2-2修理の容易性」、「3-1造景」等の性能項目に対して等級を向上させるための技術・コストの負担感を表しながら、等級に関する需要者の誤解の可能性、等級とコストの間にバランスの問題を指摘している。等級や数値等の意味を考えると、韓国の場合、等級は数字が小さいほど性能が高いことを表すように設定されているが、性能の高いことがただちにどの需要者にとっても最適なものになるとは限らないことを注意するべきであるといわれる[2]。この点は需要者の認識不足に伴う誤解をもたらす恐れがあるため、需要者への本制度の意義を十分に知らせる必要がある。しかも、一般的に住宅の建設コストは性能の向上に伴って上昇する傾向があるため、供給者、あるいは需要者に過度の負担増を招かないように性能とコストとのバランスを考慮しながら、設定することが必要であると考えられる[3]。

最終に、供給者は「3-1造景」、「3-2日照」、「3-3室内空気質」、「4-1住民共用施設」等の性能項目に対して評価方法の問題を指摘している。これらは、建物全体又は個々の住戸特性として捉えられるのか、設計段階で予測の程度が高いのか、客観的に評価できるのか等が問題となっている。以上のように指摘された事項は、制度を利用する供給者の意欲を奪うだけではなく需要者の誤解と紛争の原因をもたらす可能性があるため、表示項目や評価方法に対する見直しが求められる。


[1] 参考文献7)
[2] 参考文献8)によると、居住者自らのライフスタイル、工事費、地域の気候・風土、デザインや使い勝手など、性能表示基準の対象となっていない個別の事情などを考え合わせて、もっとも居住者に適した性能の組み合わせを選択することが重要であると記している。
[3] 参考文献9)によると、石坂(2004)は、性能表示に関する内容を十分に吟味しないで、等級が高いものや数値のようなものだけをむやみに要求したり、選択したりすることが合理的であるとは限らないと指摘している。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.3 韓国における住宅性能表示制度に関する論点と課題/3.3.1 義務制

供給者は住宅性能表示制度の必要性を認めているが、義務付け制に対して否定的な意識を表している(図3-3)。市場原理を通じた制度の普及及び活性化が望ましいが、韓国の住宅事情と住宅市場の特性上、自発的な利用を期待することは難しい。また、未だ住宅市場における非対称情報問題が解消されていない中で、市場原理に任せることも実効性が低いと考えられる。しかも、住宅性能表示制度を義務付け制にすることは疑問が残り、その問題に対して本制度の目的に基づき、①「住宅取得支援ツールの側面」と②「性能の向上の側面」に分けて考察した。

先ず、①の役割が強調されてきた日本とフランスの例を見ると、義務付け制が極めて否定的なことだけではないことがわかる。フランスの場合は、公的賃貸住宅に対して取得を政府が奨励し、民間部門の25%に比べて公的賃貸住宅部門は50%に達している。また、日本の場合をみると、契約自由の原則に基づく任意制で行われているが、その利用が徐々に進んでいるももの、未だ十分ではないため、普及と実効性に疑問が提起されている[1]。ところが、②を目指すとなると、義務付け制とは違う局面を迎える。建築物の構造の安定や火災時の安全等についての最低性能及び仕様の規制について、すでに建築法と住宅法がある。これら以上の性能向上を求めることは、個人の選択に任せるべきこととなり、経済的な無駄を発生させる恐れもある。特に需要者の認識不足下で業界の過度な性能競争をもたらす可能性もあると考えられる。

また、供給者にとっては既存の法律に加え評価を受けなければならないということから技術的規制と認識され、性能向上が強制される可能性がある。韓国の住宅性能表示制度で①と②の目的が同時に強調される状況は行政の介入の合理性を与えているが、これが義務付け制を保証することではないといえる。即ち、公権力の介入の方法について行政がどこまで介入すべきなのか、住宅需要者にどこまでの選択肢をあたえるべきか、等の観点からきめ細かい議論が積み重ねられる必要があると考えられる。義務付けへの供給者の否定的意識の中では制度化に向け社会的な議論が十分ではなかったと考えが作用していることを否定することができない。合理的な制度の運用に関する議論が必要となると考えられる。


[1] 参考文献6)によると、一棟(2004)は、住宅性能表示制度の目的は、性能向上より、性能を確認するための評価を行うことにあり、また、住宅取得支援を効果的に行うなら任意制度とすることに疑問が残ると記し、「全国共通のものさし」といっても、評価された住宅を見比べて検討する現物が身近にない限り、抽象的な判断にならざるを得ない事情を指摘した。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.2 住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.2.3 住宅性能表示項目及び評価基準の評価

(1)住宅性能項目の重要さと改善の余地[1]
現在、20性能項目ごとにその「重要さ」と「改善の余地」を3段階で評価した平均値を示したのが図3-4である。そして、改善の余地に対する問題点について自由記入の回答で指摘された内容を類型化し示したものが表3-2である。

全ての性能項目に対する重要さの全体平均値は2.23であり、ほとんどの性能項目が重要とされていることが分かった。部門別にみると、「1.騷音部門(2.54)」と「3.環境部門(2.29)」、「4.火災消防等級(2.24)」が重視され、最近の上下階の騷音・シックハウスの問題や安全性のニーズが反映したと見られる。しかし、可変性や修理容易性等の「2.構造部門(1.99)」は最低であり、将来のリモデリングを考慮した集合住宅の普及を図る行政の住宅政策の方向とのズレが見られた。重要な性能項目としては、1-1重量衝撃音(2.67)・1-2軽量衝撃音(2.67)・3-3-1室内空気汚染物質の低放出資材の適用(2.67)であり、1-3トイレ騒音(2.61)、3-4エネルギー性能(2.56)等の順番になった。
一方、改善の余地の全体平均値は1.95であり、「3.環境部門(2.04)」、「1.騷音部門(2.00)」・「2.構造部門(2.00)」等の順番に高かった。改善の余地が大きい性能項目とは、1-2重量衝撃音・3-2日照(2.22)、3-1-2自然土壌及び自然地盤の保全(2.17)、2-2-2修理容易性の共有部分(2.11)と2-2-1修理容易性の専有部分(2.06)等の順番になっている。「重要さ」と「改善の余地」との統計学的な相関関係(Correlation)はみられなかった[2]。ところが、改善の余地に対して指摘した内容(表3-2)を類型化すると、評価の方法の問題、コストの上昇、技術の必要、需要者の誤解等に関することが多かった。特に「1.構造部門」は技術の必要、「2.構造部門」は需要者の反応疑問、「3.環境部門」は評価の方法の問題、等の指摘が多かった。
図3-4 住宅性能表示項目の重要さと改善の余地(N=18) 

表3-2 自由記入による指摘内容の類型(N=14) 

(2)共通ルールを設け表示した方がよい事項
需要者が住宅選択の時に求める事項に比べ、限定されたものとなっている現状を考慮し、共通のルールを設け表示した方がよいと考えられる項目について尋ねた[3]。先ず、共通のルールを設け表示した方がよい項目の中で最も多いのは「10.結露防止対策」・「18.建物全体のライフサイクルコスト」、「12.住戸内の収納比率」である(図3-5の左)。その他、「5.住戸間の燃焼抑制」、「6.住戸の通風の良さ」等が挙げられた。更に物件情報の提供と広く捉え表示した方がよい項目については、「13.ゴミの処理方式」、「11.駐車台数・駐車方式」、「10.セキュリティ確保方法」、「2.住戸の可変性の天井高・躯体内法の高さ」等に関心を示した(図3-5の右)。しかし、内容の拡充に対してはヒアリング調査で負担感の声が聞かれた。

図3-5 更に表示した方が良い事項(N=18) 


[1] 余地とは、余裕やゆとりの意味があるが必要を示した意味もあり、ここではこの意味で用いている。
[2] SPSS for win Ver.11によってr=.121, p=.612が得られた。
[3] この設問は、参考文献4)をもとに項目を作成しており、「ここでの表示とは、現在の評価機関審査や紛争処理とは別の扱いとし、かつ評価基準等のルールが極めて妥当であることを前提に」回答を得ており、純粋に需要者への表示の必要性を尋ねたものである。この理由は、評価技術の確立の状況の問題もさることながら、自社にとっての事務上の得失について過度な心配を排除することを意図したためである。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.2 住宅性能表示制度に対する供給者の意識及び評価/3.1.2 全体的評価

(1)利用の範囲と利用予定の理由 
調査当時では住宅性能表示制度の利用実績がなかったが、ほとんどが今後について制度を利用する予定であると回答した(18社中17社)。今後の利用物件の範囲に対しては、「義務付けの対象(88.9%)」が多く、その他では「一部の物件(33.3%)」・「一部の地域の物件(16.7%)」となっている(複数回答)。利用の理由では、「12.義務付けの対象であるから」が最も多かったが、物件に対する「1.特長」・「11.差別化」を生み出す戦略もあり、需要者に対する「2.物件の信頼性を得る」ことや「4.企業の取り組みの姿勢を示す」ことも一部で見られる(図3-2)。供給者は本制度の性能を伝達する手段としての役割を期待しているが、物件の売れ行き向上、トラブルの防止等につながるとは考えておらず、消極的に法的対応のみを考慮している。

図3-2 住宅性能表示制度の利用予定の理由(N=17) 

(2)本制度に対する全体的評価
供給者は、本制度の施行に伴い、需要者の関心(a)が高まると予想した上、将来社会への定着(g)・社会的意義(h)・住宅の質の向上への役割(k)に対して肯定的に評価しており、製品及び企業の差別化の手段(i)・ブランドイメージの上昇(j)に役立つと考えている(図3-3)。しかし、性能評価基準・方法(o)・制度導入の時期(r)・義務化(s)・関連情報(t)等に対しては否定的に評価した。また、住宅性能等級の認定を受けるため、準備及び努力(d)・コスト(e)・技術(f)等が必要となるとの意見が多かった。さらに、住宅性能等級の表示等に従う需要者の誤解(b)・瑕疵・補修等の発生(c)が増えることを予想し、紛争処理機関の設置(v) の必要性を示した。これらに関してのヒアリング調査では、早急に制度化が行われたことを指摘し、制度の仕組みから評価基準及び方法等に至るまで制度の充実を要求した。設定基準が高すぎるため技術開発・確保と原価の上昇の負担を指摘し、等級を上げようとすることを諦めるやアパートの階級化をもたらすことを懸念している。また、性能表示に従い需要者の誤解と紛争発生に対する不安感が見られた。 

図3-3 住宅性能表示制度に対する全体的評価(N=18) 

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.2 住宅性能表示制度に対する供給者の意識及び評価/3.1.1 住宅事業において重視する要素

本調査では建築請負の順位における20位以内の16社(88.9%)、20位以外の2社(11.1%)が調査対象になった。その中には制度の施行前に韓国住宅協会が行った性能等級の評価に参加した建設会社も含まれており、それらの企業ではプロジェクトチームや担当部署で制度に関する検討が行われた。設問票の回答者は「研究所」及び「技術部門」の所属と「課長以上」の役職が多かった[1]。供給者は住宅事業においてソウルと首都圏、500-1000戸規模の団地、中級以上の水準のアパートの供給を重視している。また、「1.立地の良さ」と「16.ブランドイメージ」を重視しながら、「14.住宅の品質・性能」を考慮していることが分かった(図3-1)。「8.団地内の外部空間」も重視されているが、優先順位は下位である。その他には「13.共用空間や施設の充実」、「4.外観デザイン」、「5.間仕切りの良さ」等が重視されている。ヒアリング調査で一部の供給者から現在住宅市場は居住目的の需要より資産を増やす手段として働いているとの認識も見られた[2]。

図3-1 事業において重視する要素(N=18) 

[1] 所属及び部署においては、研究所・技術が10名(55.6%)、商品企画・開発・戦略と設計が各々に4名(22.2%)であった。また、役職においては、部長・次長が5名(27.8%)、課長・選任が10名(55.6%)、代理が3名(16.7%)であった。
[2] この供給者の認識は、次の韓国の住宅価格の高騰を背景にした需要者の行動を意味している。韓国の住宅事情は2002年度に(旧集計方式の)住宅普及率は100%(全国基準)を達成したが、未だ首都圏地域を含め一部地域では量的不足が解消されていない。この量的不足に加え本文中に示したように不動産市場への投機性資金の流入は不動産の価格上昇を起きている。具体的には、1999年から2006年までの「全国住宅価格調査(国民銀行)」によると、この期間に住宅価格は毎年平均5.5%上昇した。また、今年発表された「全国共同住宅の公示価格(建設交通部)」によると、住宅価格は去年より全国平均22.8%(2006年は16%)上昇した。

第3章 韓国の分譲集合住宅供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価/3.1 はじめに

本章では、韓国の住宅性能表示制度が供給者への義務制として施行(2006)されている状況に注目し、供給者の住宅性能表示制度に対する意識及び評価の実態を明らかにした上で、制度の問題点及び課題を導き出することを目的とする。韓国の政府は住宅の量的不足を緊急に解消するために大規模な分譲集合住宅の供給を促進し、住宅事業は巨大資本と組織、技術をもつ大手企業に担われた。供給者は経営的に有利な壁式構造のアパート供給に集中し、住宅事業は規模の経済が発生しやすくなった。多様性や維持管理の配慮も十分に図られない等、量・質的な問題が露呈した。更に分譲価格の自由化(1999)以降、分譲価格は急騰しているが、品質の向上は十分なものと言えずに居住性をめぐるトラブルは多くなった。特に価格と品質を巡る紛争は「情報非対称性」に関連が深い。韓国の住宅性能表示制度は住宅の需要者が品質・性能等を比較できるようにして分譲価格の透明化だけではなく、住宅産業の生産慣行からの脱却及び品質の向上等を目指している。しかし、早急な制度化によって需要者側では制度に関する理解が不十分であり、供給者側では住宅の計画・設計及び事業等に実務的な困難等が見られている。更に2008年より義務制対象が拡大されるため[1]、改めて制度の充実に向けて検討が必要である。

研究の方法については、調査概要を表3-1に示す。施行初期にある韓国の状況を考慮した上で、本制度の直接的な対象となる分譲アパートを生産・供給する建築請負実績上位20圏の民間大手建設会社を選定し、制度に対する意識調査を行った[2]。第1次調査として担当者に郵送調査を行い、これに加え、第2次調査として調査回答社の中で訪問調査に応じた10名の回答者を対象としてヒアリング調査を行った。最後に、供給者の意識及び評価の実態に基づき、本制度に関する主要な論点を整理し、制度上から見られる諸問題と制度の充実に向けての課題を検討した。

表3-1 韓国の民間供給者の調査概要 


[1] 1000戸以上供給される住宅事業に限り義務付けられるものである(2006・2007年度までは2000戸以上とした)。
[2] 調査対象の選定では施行初期の事情を考慮しながら調査の精度を高めるために、供給戸数2000戸以上の住宅事業に義務付け制で行われる状況に着目し、本制度の施行に従い「直接的に影響を受ける供給者」及び「本制度に対する検討を行った供給者」に注目した。義務対象となる事業規模の大きさと業界の技術水準を考慮すると、しばらくの間、本制度の影響はすべての供給者ではなく、上位の大手建設会社に限られることになった。そして、2006年の施行前に上位10位圏の大手建設会社は、制度の検討を行ったことが確認されたが、その他の供給者の意識も含めるために20位圏まで調査の範囲を拡大した(2005年度の住宅供給実績の20位圏内の12の建設会社が含まれている-韓国住宅協会の内部資料)。なお、韓国の大手建設会社はディベロッパーとしての事業も並行して行っているため、本研究では生産者と供給者を総称し供給者で統一する。

2010/03/30

第2章 韓国の住宅性能表示制度の成立/2.5 本章のまとめ

本章では韓国の住宅性能表示制度の成立の特徴に対して以下の点を明らかにした。

(1)韓国の住宅性能表示制度の成立の前提条件(住宅問題の特徴)
1960年代初めから権威主義国家主導の発展戦略に従い、経済開発5ヵ年計画によって国家財政を産業近代化に優先的に配分することになった。住宅部門に対する公的投資の代わりに民間投資を促進するために1970年代初めに民間投資をベースとした制度インフラ(住宅建設促進法,1972制定)を構築した。しかし、急進的都市化や高度の経済成長の進行に伴う顕著な需給ギャップの発生と財源問題が住宅投資にしわ寄せされる結果、住宅商品を媒体として不動産投機が漫然し、住宅価格の高騰等、1970年末に初めにアフォーダビリティ問題(第1側面)が社会問題となった。このような問題に応じる住宅政策の選択は、公的投資ではなく、間接的手段による市場の介入であった。

民間投資の市場的発展に伴う問題に対して、民間分譲価格の統制(住宅供給に関する規則,1978制定)、住宅供給プロセスの規制、公的資金の助成(国民住宅基金,1981)等の分譲制度を確立し、住宅政策の社会福祉的機能を果たした。更に経済と政治の複雑な関係の中で住宅政策の市場志向的アプローチは、緊急な量の不足の問題を解消してきたが、住宅市場においてアフォーダビリティ問題が顕在となった。このような住宅政策と住宅市場の展開から派生した問題は住宅の公共性の欠如(第2側面)である。国家や自治体は財政資金の投入が少なかった状況の中で公共も主に市場ベースに基づく住宅供給の役割を果たしてきた。

また、住宅需給の問題は自助努力や自力開発によって解決するという基本的政策的スタンスは主に持家を供給・取得を支援・促進する政策が中心となり、新都市開発は言うまでなく都心の再開発・建替え事業の推進の大きな役割を果たしてきた。こうした住宅建設を含む建築・開発行為の規制(建築不自由の原則)と緩和は民間投資育成に加え景気対策や景気調整の機能を果たし、住宅政策の不公平性、非一貫性、臨機応変性の傾向を持っていくことになった。住宅は個別の私的財であると同時に社会的な公共財の位置に置かれるのであるが、こうした韓国の住宅政策や住宅市場の制度的状況において住宅を公共財として捉える意識は社会的に形成されにくくて遅くなったといえる。

(2)韓国の住宅性能表示制度の導入の要因と制度の枠組みの特徴
1999年の分譲価格の自由化以降、分譲価格の高騰(アフォーダビリティ問題)、居住性をめぐるトラブル(消費者保護や自己責任)、良質の住宅を形成する必要性(公共財性の確保)が高まり、特に分譲価格の問題は制度の導入において直接的な要因となっている。この意味で韓国の住宅市場において情報非対称性の問題はアフォーダビリティ問題につながっているといえる。需要者の選択のリスクを認識し、需要者による比較可能とするために情報公開を重視する市場の補完が行われたといえる。これは制度の仕組みに影響を与え、義務制、設計段階の評価等をもつ制度になった。

(3)日本と韓国の住宅性能表示制度の成立と住宅市場の補完の特徴
日本の欠陥住宅と韓国の分譲住宅価格の高騰の主な問題は情報非対称性にかかわり、同制度の導入の要因となっているが、この問題性格の違いにより、日本は情報の信頼性に向けた、韓国は情報の相互比較に向けた異なる住宅市場の補完の特徴を明らかにした。特に日本の制度は、情報非対称性の認識において需要者の安全のリスクの問題を重視し、住宅性能情報の信頼性を保するための市場の補完が行われたことを意味し、建築段階の評価、紛争処理機関等が求められており、任意制の下にも制度の役割を十分に果たすことができるといえる。

以上の結論を踏まえて、韓国と日本の住宅性能表示制度の成立と住宅市場の補完の特徴を表2-7に示す。韓国と日本ではほぼ同じ住宅性能表示制度が行われているが、表2-7に示したように住宅事情、住宅市場、住宅商品の差等の異なる状況に置かれていることが明らかになった。また、そこから生じる住宅問題の重みは両国の事情によって異なり、特に韓国の住宅性能表示制度の導入要因は主に分譲価格の問題となっているが、その根底にはアフォーダビリティの問題があり、これに韓国の住宅性能表示制度の枠組みが規定されたといえる。

表2-7 韓国と日本の住宅性能表示制度の成立の特徴

第2章 韓国の住宅性能表示制度の成立/2.4 日本と韓国の住宅性能表示制度の成立の比較/2.4.4 制度の枠組みと住宅市場の補完

(1)欠陥と分譲価格の高騰の問題の性格
両国において制度導入の主な背景になった欠陥住宅と分譲住宅価格の高騰に関する問題は、次の三つの複合作用(宮澤,1988)[1]に関係が深い。①商品の性能・安全性等、情報の不完全性は欠陥(や価格)に関する不確実性をもたらし、そのリスクが取引の過程で予知されないまま、市場価格が決定される可能性が高くなる。②このような価格の動きは、価格をめやすに行動する供給者行動及び需要者行動のインセンティブを歪める。③これらの事情は取引の交渉対等性の喪失をもたらし、力の強い側に有利な価格づけを可能にし、特に情報をより多く持つ者は優位に立つ。こうした局面より両国において各々問題がもたらすリスクの特徴や問題の解決のための着目等が市場の補完に影響を与えたと考えられる。

(2)住宅市場の補完の特徴
上記の問題の性格に基づき、両国の制度の仕組みをとらえると、両国は住宅に関する性能情報の収集や情報の質の確保等にかかわるコストの負担を軽減させるために法律に基づき、全国の共通のルールをつくったが、日本は「供給者の責任」が、韓国は「需要者の責任」が問われる環境を整備したと考えられる。先ず、日本の欠陥住宅をめぐる問題は、品質に関する情報の信頼性が重要となり、既存の責任ルールの見直しが求められる(宮澤,1988)[2]。そのため、日本の住宅性能表示制度には、責任発生の要件を欠陥存在に伴い、生産者に無過失責任を求める見方が働いており、表示性能の信頼性を担保している。従って、主に安全性を重視しながら、品確法で評価書と契約上の関係が明確に定められており、第三者の機関による設計・建設段階の評価や指定紛争処理機関による紛争対策等が設けられている。さらに、この仕組みの任意制でも欠陥をめぐる不確実性が解消されることとなる。しかしながら、性能の相互比較の役割には疑問が残る。

一方、韓国の分譲価格の高騰をめぐる問題は、質に対する適正価格に関する問題であるが、品質の相違は複雑であるため、現実に制度的に補完は容易ではない。特に韓国の住宅事情上、欠陥問題は日本に比べあまり深刻なことでないため、需要者の選択失敗の予防が求められる。その意味で韓国の住宅性能表示制度には、むしろ住宅の選択際に需要者の自己責任が問われる見方が働いているといえる。即ち、分譲価格の判断基準が求められる状況で性能による比較評価を与えるものである。単なる情報公示の効果を期待すれば、第三者の機関による設計段階の評価で信頼性を確保することができるが、評価情報のアクセスの容易性が重要となるため、義務制は不可欠であると考えられる。しかし、責任のルールや建設段階評価、紛争処理機関のような制度的に補完が行われないため、日本のものより信頼性は高いものでない。以上より両国における住宅性能表示制度の成立特性を表2-6に示す。

表2-6 日本と韓国における住宅性能表示制度の住宅市場の補完の特徴

[1] 参考文献33)
[2] 参考文献33)

第2章 韓国の住宅性能表示制度の成立/2.4 日本と韓国の住宅性能表示制度の成立の比較/2.4.3 性能項目及び評価基準

両国の設計住宅性能評価の基準をみると、「性能の項目」、「表示方法」と「評価方法」において差異が見られた。先ず、性能の項目については、日本の場合、初めは5つの性能表示事項の設定の考え方等[1]に基づいた「9分野29項目」が必須と選択事項に分けて表示されたが、現在は改正を通じて「10部門32項目(2006.4改正)」になっている(表2-4)[2]。韓国の場合は全て必須事項であり、「5部門の14範疇20項目」になっている。選ばれた性能事項の特徴をみると、日本の場合は、地震が多発する地理的・住居文化の特性を反映し建物の安定・安全に関する項目が定められているが、音に関する項目は選択にしている。反面韓国の場合、構造的な建物の安定性に関する項目はあまり含まれずに長期耐用性と団地内の外部環境、住民共同施設に関する項目を盛り込んでいる。これらの項目選定には、技術的制御として活用する行政のニーズと韓国のアパートの計画的特徴が反映されたと考えられる。

次に住宅性能評価書の中の表示方法については、日本の場合、ランクに分けて等級(最低水準が1等級)、有・無や数値を表すという方法で性能が表示されている。反面韓国の場合は、ランクを分けだけで(最高水準が1等級)表示されており、最高水準等級は現在より5-10年後の技術開発及び状況を考慮し設定されている。なお表示する等級は、団地内の最低性能を基準にした。最後に評価方法ついては、日本の場合は性能を定量的に導出できるかによって「性能規定」の形態と「仕様規定」の形態の 2種に分かれているが、特に仕様規定の形態の中では定量的に表示することができない場合、あるいは難しい場合には、有・無、数値をそのままで表している。反面韓国の場合は、定性的指標を並べ、この該当する数を加算したり、指標別の加重値を与えて合算したりして評価している。例えば、可変性、修理の容易性、高齢者への配慮、室内空気質、トイレ騒音項目等がこれにあたる。

図2-11 日本と韓国の住宅性能表示制度の表示項目(共同住宅部門) 

また、図2-11は両国の表示項目と関連項目を比較・整理したものである。両国の性能表示項目を「住環境の5つの基本理念(佐藤・浅見,2001)[3]」の視点からみると、日本は住棟の性能に注目し安全性と保健性に関する項目が多く、更に近年新しく定められた防犯項目も安全性と関連がある。韓国は、団地まで視野に入れ快適性に関する項目も定められている。また、住環境水準の視点からみると、日本は住環境の基礎的な水準となる基礎水準に、韓国は基礎的な水準に加え、良好な住環境の形成となる誘導水準に関する項目が多くみられており、両国における住宅事情と分譲マンションの計画及び設計の事情を各々反映していると考えられる。一方、表示方法と評価方法について日本は正確さを、韓国は分かりやすさを追求している。評価書での表示方法について日本の場合は、等級表示だけではなく数値や有・無を表示するため、等級しか表示しない韓国の場合より複雑である。また両国の評価方法は定量的な評価に基づく性能規定及び仕様規定の形態が併用されており、特に韓国の制度は一部の項目に対し定性的評価も行われている。


[1] 参考文献22)では「評価のための技術が確立され、広く利用できること」、「設計段階での評価が可能なものとすること」、「外見からでは容易に判断しにくい事項を優先すること」、「居住者が容易に変更できる設備機器等は原則として対象としないこと」、「客観的な評価が難しい事項は対象としない」と記されている。また、表示事項や評価に関する理解、施工の検査に役立つため、基本的な考え方についても記されている。
[2] 参考文献30)と31)によると、日本は制度の制定年から2006年まで多数の改正が行われており、室内空気中の化学物質の濃度の測定追加(2001.8.1)、防犯に関することの追加(2005.9.14)、省エネルギー基準及び消防法の改正に伴う改正(2006.3.27)、更新対策や免震構造の追加(2006.9.25)等を挙げることができる。
[3] 参考文献32)

第2章 韓国の住宅性能表示制度の成立/2.4 日本と韓国の住宅性能表示制度の成立の比較/2.4.2 法的体系と仕組み

(1)法的体系
日本の制度は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法、1999.6)」に基づいた制度であり、「日本住宅性能表示基準」によって表示すべき事項と評価を受けることができるようになった[1]。韓国の制度は「住宅法の第21条2(2005.1.8)」に基づいた制度であり、適用対象を規定した「住宅建設基準に関する規定」と「住宅性能等級及び管理基準」に基づいて評価を受けることができるようになった。日本の品確法では住宅紛争処理体制機関の設置と瑕疵担保責任の10年義務付けが設けられているが、韓国の場合は特に設けておらず従来の住宅法の規定に沿っている。こうした両国の住宅性能表示制度の法的体系を表2-4に示す。

表2-4 日本と韓国の住宅性能表示制度に関する法的体系 

表2-5 日本と韓国の住宅性能表示制度の概要[2] 

(2)制度の仕組みと普及
表2-5は、日本と韓国の住宅性能表示制度の仕組みを示したものである。これをみると、日本の制度は、契約自由の原則を基本した任意制であり、新築や既存(2002.12.17施行)住宅(一戸建住宅・共同住宅)を対象にし、供給者が第三者機関による住宅性能表示を求める場合に統一的な基準に従う客観的な評価(設計や建設段階)を行う体制を整備するものである。また、指定住宅紛争処理機関を設置し、建設段階の評価を受ければ、紛争を迅速に解消できるようにしており、評価書の交付はこの内容が契約したこととみなすことになる。その他に標準的設計(型式)により建設される住宅やそのうち規格化されたものに対して合理的な評価を行うために、住宅型式性能認定、特別評価方法認定等を設け、住宅供給者及び部品製造者に配慮した。反面韓国の場合は、施行令に定められた戸数以上の住宅を供給する事業主体が指定認定機関によって住宅性能等級の認定を受け、分譲募集公告に掲載することを義務付けているものである[3]。ただし、新築住宅の設計段階の評価しか設けられていない。また、評価書の内容が法律上で保証されるものではない。両国における制度の運用や仕組みの差異は、ある程度住宅事情及び住宅政策の違いを背景にしているが、既に1973年度から「工業化住宅性能認定制度」が行われていた日本に比べて、韓国の歴史は浅い事情がこの背景に見られる。

一方、制度の普及促進については、日本と韓国の認定実績を各々の図2-9、図2-10に示す。先ず日本の場合は、制度の施行後直ちに「住宅性能表示制度普及推進アクションプログラム」を立案・実施したり、需要者に向け「住宅性能表示制度アンケート調査」や「ガイドブック」を発行したりしており、住宅性能評価機関等連絡協議会(住宅性能評価・表示協)を設置し円滑な運用を図っている。制度の利用は供給者の任意であるが、設計評価書交付実績は2000年度11,247戸から2006年度255,507戸まで毎年少しずつ増え、普及が進みつつある[5]。最近、「構造計算書偽装物件[6]」により関心が高まり、特に建設住宅性能評価書の交付が増加した。しかし、偽装物件に設計住宅性能評価書の交付があったとの報告があり(2005.12.7,国土交通省)、住宅性能評価機関に対する管理・監督が課題になっている。

図2-9 日本の住宅性能表示制度の普及推移[4] 

一方、韓国の場合、未だ初期段階であり、義務付けの対象が1000戸以下に下がる2008年度から本格化することと考えられたが、認定実績が極めて少なかった。従って行政は、普及促進のために「インセンティブ」を行っている。現在、「分譲価格の上限制」の住宅市場で任意や義務で住宅性能制度の評価を受け、住宅性能等級評価で総160点中の80-95点以上となると、基本建築費の1-4%を加算することができる。その影響で認定物件が増えているが、制度の普及が義務制やインセンティブに依存する傾向がみられる。 

図2-10 韓国の認定実績[7] 

[1] 参考文献25)によると、日本において制度の創設のねらいは、次の3点である。①消費者による住宅の性能の相互比較を可能にする(第一次的期待)。②性能評価結果の信頼性を向上する(第二次的期待)。③評価書の表示を契約内容とすることにより表示性能を実現する(第三次的期待)
[2] 「*」:最近、韓国建設技術研究院、大韓住宅公社、韓国施設安全公団、韓国鑑定院の4つ機関になった。
[3] 参考文献23)によると、住宅性能表示の強制は契約自由の原則に大前提に反することとなり、一定額の評価費用がかかるため、選択有無にかかわらず需要者に負担を強いることになる問題もあると指摘されている。
[4] 参考文献26)の住宅性能評価・表示協会の資料を参考し作成。
[5] 参考文献21)によると、2004年の新築住宅における住宅性能表示制度の実施率は14%であるが、住生活基本法の住生活基本計画(全国計画)では、実施率50%以上を目標とする方向で検討中である。
[6] 参考文献27)によると、2005年11月17日に発覚された「構造計算書偽装事件」は、設計事務室、建設会社、ディベロッパー等が関連された欠陥住宅の事件であって、建築基準法や建築士法が改正される及び、社会的に大きく波長を引き起こした。偽装又は誤りが判明した110件(2006.3.31基準)のうち工事中・未着工のもの、精査中のものなど22を除く88件のうち、建築基準法が定める構造安全性の最低基準(保有水平耐力比0.5未満)を満たさないものが75件であった。被害対象建物には戸建て、分譲マンションやホテルがあり、ほとんど補強及び解体が不可欠なこととなって、分譲マンションの被害が広かった。需要者の資産・精神的な被害のみならず、住宅市場に対しての信頼感についても深く傷つけた。
[7] 参考物件29)を参考し作成。