2010/03/24

第1章 序論/1.1 研究の背景/1.1.1 韓国の住宅の商品化の進行と問題

(1)住宅事情の特徴 
韓国の住宅事情をみると、先ず、都市化、持家化、集合住宅の普及等が急速に進行してきたのが注目される(図1-1)。人口の都市化率は2000年代に入っりから80%に達し、1970年に比べてほぼ2倍となった[1]。過去30年は高度成長期における急速な都市化に伴って住宅不足の状況が続き、本格的にマスハウジングが推進された時期である。「2005年度人口住宅総調査」[2]によると、総世帯数は15,988千世帯(一般世帯:15,887千世帯)、住宅ストックは13,224千戸(空き家:728千戸)となり、住宅数は1970年より3倍と増加した。新たな算定方式による2005年の住宅普及率は98.3%であり[3]、緊急を要する住宅不足の問題は解消されているといえる。

図1-1 韓国の住宅事情[4]

また、持家政策の推進に伴って持家化が進み、持家の割合は56%(世帯基準)となっている。しかし、国家財政による永久賃貸住宅の供給は1989年から始まり、公共賃貸住宅の供給が進んでいるが、近年の資料によると、長期賃貸住宅(5年以上賃貸期間が設定された賃貸住宅)は住宅ストックの3.4%しか占めていない[5]。なお住宅型については、住宅ストックに占める単独住宅(一戸建住宅)、アパート、連立住宅、多世帯住宅等の割合は、それぞれ32%、53%、4%、9%であり、集合住宅(アパート、連立住宅、多世帯住宅)は6割以上(66%)を占めている[6]。特に住宅型のうちでアパートの増加が顕著である。既に2000年度住宅総調査でアパートの割合が住宅ストックの半数を上回っており、単独住宅(一戸建住宅)より多くなった。更に年間の住宅建設実績をみると、2000年以降(2000-2005年)、毎年50万戸前後の住宅が供給されているが、2005年住宅建設実績に占めるアパートの割合は90%であり[7]、アパートの約7割が分譲物件で供給されていると推定されている。 
次に、住宅事情の格差が拡大していくのが注目される。マスハウジングと持家政策の推進を通じた住宅の質は大きく改善されてきたといえる。2005年の1千人当たり住宅数は279.7戸(日本:423戸,2003)となり、1995年の214.5戸より増加している 。また住宅の広さに関しては、1970年代に「国民住宅規模」が85㎡(5人基準)で定められ、住宅政策の質的指標としての役割を果たしてきた。2005年の1世帯当たり住居面積は66.1㎡、1人当たり住居面積は22.8㎡となり、過去に比べて広くなってきた。近年、住宅法(2004)に基づく「最低住居基準」が定められており、その基準を下回る世帯は全世帯の13%(2,065千世帯)を占めていると推定されているが、1995年の34.4%より減少が著しい。

表1-1 韓国と日本の最低居住基準[8] 

一方、「2006年度住居実態調査結果」 に基づいて作成した表1-2によると、住宅型と住宅所有において地域別、所得別の住宅事情の格差が見られている。所得が高まるほど単独住宅(戸建住宅)よりアパートの居住割合が高いため、社会的にアパートの選好傾向が大きい。またアパートは単独住宅に比べて都市地域、高所得者に一般的に普及しているため、住宅事情の階層化や地域差が見られる。また、住居費支出は高い水準となっている。全国の年所得対比住宅購入価格比率(PIR)・月所得対比賃貸料比率(RIR)・住宅価格対比貸出額比率(LTV)は、4.2倍(首都圏:5.7倍,道地域:3.3倍)・18.7%(首都圏:19.9%,道地域:17.8%)・36.5%(首都圏:35.7%,道地域:39.3%)である。世帯主が持家層になるのは平均8.07年がかかっており、新規分譲住宅(27.56%)より既存住宅(52.64%)を通じて取得している。韓国において既存住宅市場は既に活発化しているといえ、アパートの取引量は、2006年-2007年の2年間の1,968千戸となり、年平均ほぼ1,000千戸に達していることと推定される[9]。 転居の際に考慮する事項は住宅規模、住宅価格、交通条件の順となっている。また、平均居住期間は7.66年であり、道地域(11.34年)に対し首都圏(5.33年)は半分程度である。このように韓国の住宅事情の特徴は、住宅の量的不足の時代において集合住宅、特にアパートという住宅型を中心とした住宅地や住環境の形成及び再編、そして持家社会へ進展、即ち、住宅の商品化の進行を示すことができる。また、量の時代において住宅の商品化の進行するなかで住宅事情の階層差、地域差が進み、質の時代を迎え住宅市場にかかわる住宅問題が顕在化していくといえる。 

表1-2 韓国の地域別・所得別の住宅及び住居環境(世帯基準)[10] 

(2)住宅供給政策の形成 
こうした韓国の住宅事情は、1970年代の住宅供給政策を背景としているといえる。政府は1960年代に大韓住宅公社(1962)、公営住宅法(1963)、韓国住宅銀行(1967)を設立し、分譲アパートの導入と普及を主導した。しかし、1960年代から産業化進行の中で都市への人口流入の急増に伴って住宅不足の問題が続き、1970年代初に「住宅建設促進法(1973-2002)」を制定し、民間部門によるアパートの建設・供給を促進させた。特に住宅建設促進法は既存の公営住宅法(1962-1972)を廃止し誕生した法律であり、「宅地開発促進法(1980)」とともに1980-1990年代のマスハウジング期を引っ張ってきた。また住宅建設促進法は特別法であり、都市計画法や建築法等より上位に位置付けれらており、大量の住宅供給建設に対する強力な政策手段となった。住宅建設促進法に基づき行政は、住宅供給における間接的な経済的・技術的制御をしながら、特別住宅供給計画を通じて短期間内に量的確保を図り、深刻な住宅不足の解消及び居住水準の向上等に一定の成果を上げてきた[11]。 民間資本や民間企業等の民間部門を活用する住宅供給政策推進の背景には、国の工業化や産業化を優先する政策の流れの中での財源の不足が主な原因となるが、急速な経済成長は世帯所得を増加させ、高い水準の住宅建設を可能とするという暗黙の仮定があった(LIM,2002)[12]。さらに「住宅供給に関する規則(1978)」「住宅建設規準・規則(1991)」等が制定され、住宅供給の手続き(認・許可)、住宅規模、分譲価格、仕様等が統制や規制された一方、アパートの供給促進のための大手企業の誘引施策と経済成長・所得水準の向上による中産層の増加等は、大手企業による大規模アパート団地開発に有利な政策環境と市場環境が作られたといえる。特に1999年から分譲価格が自由化された以降、住宅市場において競争が本格化し、住宅商品の高級化やブランド化等が進んだ。
このように韓国の住宅供給政策の形成において経済・技術制御の間接的手段が中心的であり、いわゆる間接供給システムによって住宅事情が大きく改善されてきた。間接供給システムは、住宅供給にかかわる建設、管理、所有などの基本機能を原則として民間に任せ、各機能を間接的に制御することを前提としたシステムであり、住宅供給にかかわる建設、管理、所有などの基本機能を国や公共が分担する直接制御を前提とした直接供給システムより民間の財源や効率を活用することとなる。しかし、間接供給は、持家社会の進展や住宅の商品化の進行を意味し、韓国の住宅供給における公共の役割、即ち、住宅政策機能の2つの観点から問題点を指摘することができる。第一は、間接供給の重視は国の直接供給を最小限とすることを意味し、ストックのなかで永久賃貸住宅の割合は極めて低い水準となっており、低所得者向け住宅政策の「社会福祉的機能」の弱体化をもたらした。第二は、持家化や住宅の商品化は、民間の効率が認められるが、経営的に有利な特定タイプ、いわゆるアパート商品に集中し、需要の多様性や管理・維持が十分に対応できずに、量及び質的問題が露呈しており、良好な住宅ストック形成に向けた「社会資本形成的機能」が十分に果たしてきたとはいえない。
韓国における住宅問題は、住宅供給政策において経済的・技術的に間接的な手段の適用の影響とともに、持家社会の進展や住宅の商品化の進行する従う市場機能不全にかかわる様々な問題が顕在化している[13]。また、住宅問題の性格は量の問題から質の問題へ移行し、量の政策から質の政策への転換及び再編が迫られているといえる。

(3)住宅商品をめぐるトラブル 
韓国の住宅市場ではアパートのシェアが圧倒的となっており、他の住宅型の間に競合性は低い。また1980年代初から普及が始まったRC壁式構造方式のアパートは、ラーメン構造方式より施工性の良さや工事費の節減に有利であり、大量建設や高層化が進行する中でアパートの構造方式の主流となった。更に標準化が進んだ商品としてのアパート(以下アパート商品)は、一戸建住宅に比べて個別性が低いため、アパート商品の間に競争は激しい状況である。韓国の住宅の商品化は、1970年度末より住宅価格の統制に従い、市場機能は限られた状況であった。1980年代末に分譲価格上限制から原価連動制(1989)へ転換し、住宅の商品化が進行し始まった。1990年末の経済危機(IMF,1997)と市場自由化の措置(住宅分譲価連動制施行指針の廃止等,1998)によって本格的に住宅の商品化が進み、市場調査・住宅商品の開発・差別化等のマーケティングの必要性と生産過程の細分化をもたらした。前者については、住宅産業研究院(2000)によると、住宅商品の選択に対し、ブランドに対する需要者の認知度及び知名度が最も影響を及ぼし、ブランドの構築が重要となっている[14]。後者については、国土研究院(2005)によると、大手建設会社による市場支配力は高い[15]。大手建設会社は、リスク管理や効率化を図るために、建替え事業やディベロッパーの請負工事を増やし、分譲・販売等のマーケティング活動を専門会社に任せる割合も40%を上回り、生産過程の細分化が現れた。しかし、住宅産業に対する需要者の評価は、あまり高くない。「国家顧客満足指数(NCSI)[16]」によると、アパート建設業に対し満足指数は1998年の57点から2008年の76点と高くなったが、十分とはいえない。 ところが、アパートの高級化やブランド化が進行する中で住宅商品を巡る主なトラブルは、分譲価格の高騰と住宅品質にかかわる問題をあげることができる。
第1に分譲価格の高騰の問題は、分譲価格の自由化以前の分譲価格の高騰とは異なる傾向が見られている。即ち、需給の不均衡よりも供給者側の分譲価格の策定方式に問題が指摘されている。図1-2は、公共機関が算出した原価価格と各事例の市場価格との差を示したものである。韓国土地公社(2006)によると、最近5年間(2001-2005年)の宅地開発事業地区のアパートの分譲価格と供給土地価格を分析した結果、首都圏のアパートの分譲価格の上昇は宅地供給価格の約10倍(坪単価)であった。また供給者は、周辺の市場価格に合わせて物件の分譲価格を決定していることが明らかになった。供給者が暴利を得ているという疑いが高まり、再び分譲価格の上限制や分譲価格の原価公開(2007)等が行われることになった。 
第2に、住宅品質に関わる問題として居住性や欠陥(瑕疵)をめぐるトラブルの問題がある。先ず、建設会社への層間騒音に対する損害賠償支払いの判決(環境部,2003)があった。また、全国733世帯の新築共同住宅の室内空気質を測定した結果、有害物質(ポルムアルデヒド等)の勧奨基準値に十分に対応していなかったことが明らかになった(環境部,2006)。このように居住性をめぐるトラブルや不満が本格的に表面化しているといえる。さらに韓国消費者院の集計資料によると、2000年-2007年の間の「住宅関連被害救済請求件数」は総1492件であり、2004年を起点に増加している(図1-3の左)。この殆どがアパート(89.2%)の関連被害である。2003年-2007年の間の「アパートの被害類型」をみると、建築物(26.8%)、建築設備(10.6%)、仕上げ材(10.1%)、騒音・悪臭(2.8%)等の品質関連被害では50.3%と5割を越えている(図1-3の右)。なお、2007年より「集団紛争調整制度」が行われているが、2008年6月現在までの受付け現況をみると、集合住宅関連が総27件中で17件、62.9%を占めており、前年の6件を超えている。 

図1-2 韓国の公共宅地内の分譲アパートの供給価格の推移[17] 

図1-3 韓国の住宅関連消費者請求(左)とアパート関連被害類型の推移(右)[18]


[1] 参考文献1)
[2] 参考文献3)
[3] 参考文献4)の「2009年度住宅総合計画(2009.3)」によると、新住宅普及率算定方式は、住宅ストック(単独住宅の多家口を区分し集計)/一般世帯(1人世帯を含め)の割合であり、2005年度は98.3%となり、2008年度には100.7%と推計される。
[4] ①は参考文献1)と2)、都市化率(都市人口100人あたり都市地域の人口数、但し、国による都市概念は相違)、②は1970-1990年度の資料は「我々国の人口・住宅の変化の姿」(1999.12,統計庁)を、1995年度の資料は「2000人口住宅総調査全数集計結果(家口住宅部門)」(2001.10,統計庁)の住宅類型別の住宅数を、2000・2005年度の資料は参考文献3)を参考し作成、③と④は、参考文献3)を参考し作成。なお、③の「傳貰」は賃貸料の払う方法の中の一つであり、他人の家を賃貸する時に家主が決まった金額を賃貸期間で利子なしに任せて引越しする時にまた返してもらうこととなる。また、月貰の割合:「保証金+月貰」と「月貰」をあわせた割合。
[5] 参考文献5)の「2004年度住宅総合計画(2004.3)」
[6] 韓国において住宅型は統計集計に基づき、下記のように分類される。「単独住宅」は一世帯(家口)が生活することができるように建築された一般単独住宅と多くの世帯が暮らすことができる設計された多家口単独住宅がある。一建物内に多くの世帯が居住することができるように建築された「アパート」は5階以上の建物、「多世帯住宅」は4階以上の建物で延べ面積が200坪以下、「連立住宅」は4階以下の建物がある。「営業用(非居住用)建物内住宅」は営業用目的の建物内で住宅の要件を揃っている建物である。
[7] 参考文献6)の「住宅建設実績」
[8] 参考文献8)と9)を参考し作成。
[9] 参考文献11)を参考し推定した。
[10] 参考文献10)を参考し作成。所得階層は、所得10分位数を基準として低所得層(1-4分位), 中低所得層(5-8分位), 低所得層(9-10分位)に区分。
[11] 参考文献4)によると、例えば、1972年度の250万戸10個年計画、1980年度の500万戸、1988年度の200万戸建設計画が挙げられることができるが、実際に大きな成果を上げた計画は200万戸建設計画である。
[12] 参考文献4)
[13] 参考文献14)によると、間接的手段の適用効果は、直接的手段より不確実が高いため、多くを期待することが難しい。例えば、参考文献4)によると、住宅建設を促進させるために規制緩和やインセンティブ、分譲価格の統制等の政策は、住居環境の質を悪化させた面があると指摘されている。
[14] 参考文献15)によると、アパート商品の開発において品質及び質の差別化するために、大手会社は総事業費の5%、中小会社は10%程度を支出している。これは、大手会社に比べて相対的に認知度が低い中小会社が商品の質の向上により市場の劣勢を克服しようとすることを示す。
[15] 参考文献16)によると、大手の建設社の市場支配力の強化と生産過程の細分化等、住宅産業構造の再編をもたらした。住宅産業の環境が良くなって、2005年基準で住宅業体数は約6,400であり、1990年代末より2倍が増えてきた。特に2003年の大手40社の中で上位10社の売上高は、6兆WON、市場占有率は70%以上を占めている(全体住宅市場の6%)。上位3社の売上高は3兆WONを超え、上位10社の売上高の半分に達している。
[16] 参考文献17)
[17] 参考文献18)
[18] 「住宅関連消費者請求の集計」:2000-2004年度は参考文献19)と2005-2007年度は韓国消費者院の内部資料、「被害類型の集計」:2000-2003年度は参考文献19)と2004-2007年度は韓国消費者院の内部資料を参考し作成。

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