2010/03/24

第1章 序論/1.1 研究の背景/1.1.2 住宅市場における情報非対称性の問題

(1)住宅の特性 
住宅は、個人や家族の生活の基盤であり、都市や街並みの重要な構成要素として地域における居住環境に大きな影響を及ばすものである。また、居住という生活行為は住宅すなわち、個別の住空間だけでなく、様々なレベルにおける地域空間の中で行われるゆえに個々の住宅は、それ自体一個の独立した財であると同時に、その地域空間という財の構成要素をなす[1]。例えば、住宅は街並みの一部として、地域住民の誰かの利用が他者の利用とも両立し、他者の利用を排除できない限りにおいて公共財として機能している。また、住宅市場で耐震安全性が欠いた欠陥住宅が多量に流通していることを想定してみると、それに従う被害は個人にととまらず、社会全体に広がることとなる。このように住宅や不動産は単なる私的財にとどまらない公共財としての実体を持つことを意味し、住宅は単なる個人資産として性格だけではなく、社会的存在として重い責任を担っているという社会的性格がある。表1-3のように多くの研究者が住宅の性質を示しているが、要するに住宅は私的財的側面(市場財的側面)と共に公共財的側面(非市場的側面)をもつ財であるといえる。図1-4に公共経済学的視点から「非競合性」と「排除不可能性」による財の分類を示した[2]。麻生(2001)によると、公共財は私的財とは異なる2つの性質を持っており、消費における非競合性と排除不可能性を揃えた財を純粋公共財という。この二つの性質のどちらも持っていないような財が私的財であり、公共財と私的財の中間に位置するこのような財を「準公共財」という。特に純粋公共財は「ただ乗り問題(free rider)」、準公共財は「排除困難の問題」があるために公共財は、価格メカニズムを通じて資源の分配を行うことが不可能であり、ただで利用させるしかなくなる。住田(2007)[4]によると、住宅という財は「公共性」の視点からは一義的に規定できず、所有形態と利用形態の違いで、「私的財」「準公共財」「価値財」の三つのセクターに分かれている。「私的財」はその供給を市場メカニズムに任せられるが、準公共財と価値財については政府・財政の公共による市場介入が必要であることを示している。このように住宅の財は公共財的性格と私的財的性格が混雑するために、市場の失敗や計画の失敗を起こしやすい。その問題に対して高田(1991)[5]は、都市住宅の構成的認識(空間システムと物的システム)に基づいて公共財的部分と私的財的部分(市場財的部分)に分け、各々公共と民間が役割を分担し供給するという考え方を示した住宅供給システム(公共化住宅論)を打ち出した。

表1-3 住宅商品及び住宅市場の性質

図1-4 財の分類:公共財と私的財(麻生,2001)[3] 

住宅の商品化は、主として住宅の私的財的側面に対応して働いてきた結果である。住宅の商品化とは、住宅建設・居住・管理といった一連のハウジングプロセスを生産と消費という二つの領域に分解することであり、産業化の本質といわれる(高田,1991)。住宅の産業化は、民間化や市場化と重なり合い、住宅生産・供給において民間の競争と効率が認められるものであるが、住宅には、土地固着性、高価格性、長期耐用性といった一般の商品にはないいくつか性質があるために住宅市場圏の狭小、流通の制約、需要と供給の関係の不均衡に加え、社会的にアフォーダビリティ(負担能力)問題や公共性の欠如等の住宅問題を露呈させた。例えば、集合住宅のように住宅の集住性の条件が強くなるほど、公共財的性格を強く帯びるが、資本主義経済の下では、市場の価格機構のなかに取り込まれ、そこで売買関係を取り結び、共同消費にかかわる空間部分は市場から欠落しやすくなる(住田,1988)[6]。また、資本主義と都市の発展に伴って優等地と劣等地との格差が拡大し、優等地の相対的・絶対的な地価及び住宅価格の上昇によって社会の多数が優等地の利用から排除される傾向が生れ、相対的な低所得階層に問題を強くしわ寄せする形で住宅問題を発展させ、深刻化させる(山田,2000)[7]。 
このように住宅という財は、私的財とされるものであるにもかかわらず、社会経済的性格を住宅商品・住宅所有に与え、量的不足や質的低下の問題(住宅難)が社会現象として現れやすい。こうした住宅問題を克服するための市場への公共的介入やその公的手段体系を「住宅政策」というが、量的問題より質的問題の対応が困難であるといわれている。

(2)不確実性と情報非対称性
具体的に住宅という財は、準公共性、外部性、不確実性、最低水準存在性のような性質が存在するために市場機構によってだけでは、資源分配の効率性という観点から社会的最適が達成できず、いわゆる「市場の失敗」を引き起こしやすい(高田,1991)。また、市場経済において住宅はその使用価値より交換価値のために生産される商品であり(山田,2001)[8]、欠陥住宅の多発や住宅の投資的流通は住宅を居住の対象より収益の対象とする市場主義の結果といわれている(岸本,2005)[9]。こうした住宅の商品化は様々な問題をもたらし、市場における克服すべき多くの論点を与えている。この中で「不確実性」は、各経済主体が、財の生産・消費にあたって不確実な事象に左右されやすいという性質で、住宅の場合、需要者と供給者(及び生産者)双方の情報不足の傾向等を示すことができる(高田,1991)。取引において供給者(売り手)と需要者(買い手)の間で取引する財やサービスに関する情報が異なる状況を「情報非対称性」という。「情報非対称性」の発生は産業化や商品化に従う分業化が原因となり、これは経済発展に伴って必然化されるのである(藪下,2002)[10]。特に住宅の質に関する情報が供給者と需要者で異なると、特定の需要者が高価格で低品質の住宅を購入してしまうという問題にとどまらず、市場全体で取引が成立しにくくなり、住宅の潜在的需要者と供給者すべてが影響をうけると指摘されている(井出,2004)[11]。 
こうした問題に対して情報の経済学の分野では1970年代初より市場取引を商品の品質とのかかわりで理論的に分析を行われてきた[12]。情報非対称性が生み出す問題のパターンは、モラルハザードや逆淘汰(逆選択)があり、社会の資源分配に歪みを生じ、社会厚生を低下させる重大な影響を与える(永谷,2002)[13]。これを防ぐために「価格情報」だけでなく「品質情報」の完全化が必要となる。特に情報非対称性の解消のために「品質情報」を需要者に知らせることが求められているが、情報の提供をめぐる問題がある。情報提供は情報を生産し提供するのに費用や時間がかかっており、供給者にとってメリットがある場合のみ開示されるという情報の生産及び流通上の問題がある。また、需要者にとっては、個人差、商品の情報を収集したり(情報の量)、情報の信頼性(情報の質)を保ったりするに費用や時間がかかる等という使用上の問題がある。このような状況は品質の情報の生産及び利用などに関する制度的対応が求められているといえる。
従って、住宅の商品化の進展に伴い、住宅市場において生産・供給者と需要者の間に一定の距離が発生しているため、生産・供給と需要の間に円滑な関係が常に保持される必要がある(延籐,1984)[14]。それを可能とする重要な要因として需要者の選択行動と、そこに介在する情報の問題、需要者の教育・啓蒙の課題が挙げられている。住宅市場において需要者の正当な住宅選択行動を引き出すために適切な情報提供が必要であるといえる。

(3)情報の特性と制度の対応
不確実性の存在が情報の価値を生み、情報理論の元祖とされるシャノン(Shannon,1949)によると、情報とは不確実性を減らすものだと定義されている[15]。しかしながら、住宅市場で需要者が必要とする情報は十分とはいえない。その問題に対して情報そのものが持つ諸特性と社会調整システムの作動(制度的対応)、情報の生産と利用との関係を考えなければならない。 
宮澤(1988)[16]によると、情報の諸特性として「情報の共有可能性と占有困難性」、「事前確認困難性と評価の相対価値性」等が挙げられている。第1に、財としての情報は同時に何人でも利用でき、共有できるものであるために非競合性と排除困難性を持ち、その意味で公共財的特性を持っているといえる(図1-4のII領域)。しかしながら、情報という財は公共財的特性があるにもかかわらず、制度的に排他的所有権を帰属させることによって私的財として市場で価格付け、交換や取引されることができ、公的情報財から私的情報財へ転化することが可能である。このような情報の性格の転化は社会の制度に従うといえる。情報の性格が公共財や準公共財とすると、公開制度や共同組織等によって対応することができる。また、情報の性格が私的財や準私的財とすると、知的所有権制度や特許権制度等によって対応することができる。第二に、情報は利用者によって評価が分かれ、利用するものとの相対関係によって価格が決まるという評価の相対価値性があり、個々の情報に価格付けを行って取引することが困難である。例えば、同じ情報でも需要者の知識や認識の水準によって情報の価値の差が発生するために代価を課するより会費負担を課する形の対応がなされる。従って、情報の利用をクローズド制とするか、公開してオープン制にするかは、情報の諸特性の絡み合いに対する制度的対応に従うといえる。第三に、情報と制度の対応において情報の「生産」と情報の「使用」の相互関係がトレード・オフ関係にあることに注意する必要がある。宮澤(1988)[17]によると、使用面では、生産された情報を効率的に利用するには情報の価値は共有できる者の数が多ければ多いほど高まるために広く公開され万人に利用可能な状況におく必要がある。しかしながら、生産面で情報の生産が効率的に行われるには情報生産へのインセンティブやメリットが必要である。使用面での価値を高めるためには情報を広く共同消費させる必要があるが、これは公共財的側面が強まることを意味する。そうすると、生産面では情報生産のインセンティブがなくなり、過少生産に落ち込んでしまう。逆に生産面でインセンティブを高めるために使用料を課すと、情報は過少消費になる可能性がある。
こうした財としての情報の特性に基づく住宅に関する情報は、公的情報財の特性を持ち、利用者の知識や認識水準によって価値が生れるために、価格を付けるのが難しい。それによって住宅市場において情報の生産不足と過少利用や、情報の偏りが発生する。住宅の情報の円滑な生産と利用、流通を拡大するためには、住宅情報提供体制の整備が大きな課題となっているが、 非市場化された住宅の情報に対して公共の役割が求められるといえる。

表1-4 住環境及び住宅の質の構成 

(4)住宅の性能と性能情報の流通
良好な住宅であるかどうかを何によって判断することができるか。住宅の良さや悪さを示すという質や品質は、その内容自体の多様性とともに評価側の価値観を含むため、多面的であり、多次元にわたるものとなる。また品質は、(評価する側の)価値観を含むため、性能のような定量的、定性的表現はされにくいが、ものそのものの質を指して使うことが一般的であり、内容としてはいろいろ性能や条件がものとして具体化した場合の評価を指すことが多い(三村,1984)[18]。それに対し性能は、役目あるいは働きの程度を示す表現であり、価値観を含まないで用いられていることが多い。また、定量的に表現され、性能の比較が可能となる。表1-4に住環境及び住宅の質の構成要素を示したが、需要者は住宅を取得する際にこれらの全ての情報が得られていない。その理由の中では、住宅の質が把握・評価できる技術的限界とともにその情報の流通的限界をあげることができる。
第一に、建築物及びこれを構成する部分及び材料(部材)を科学的に評価する動きは、1950年代の後半に、日本を含め主要先進国で行われるようになった。この評価方法論を「性能論」と呼んでいる(松本,1999)[19]。吉田(1999)[20]によると、性能は特定の作用因子の制御等に対応づけられる性能と建築や空間に求められる基本的な価値観に対応付けられる性能に区分し、前者を個別の性能と後者を総合的性能といわれる。個別の性能には防水、断熱、騒音、湿度、耐火等があり、総合的性能は価値観に基づく形で成立しうるものである。例えば、居住性、保健性、快適性等のものは住宅に関する総合的性能の捉え方の一例といえる。また、三村(1999)[21]によると、住宅性能論の主目的は生産目標を定めることにあり、部位別性能から始まったといわれる。性能表示は、基礎的研究とともに性能評価のための資料やマニュアルの整備と各専門分野の発達が進み、より有効な表示が可能になった。こうした議論を総合し居住者や需要者の住生活の視点からみると、個別的性能より総合的性能、部位別性能より空間別性能が求められており、これらを住生活に密接な性能という。住生活に密接な性能の位置付けを図1-5に示し、IIIの領域に属する性能と考える。空間は収容する人やものによって空間機能の様子は大きく異なり、これを達成するために求められる性能も、内容、水準は様々であるため、空間レベルでの性能の検討は評価指標として理論的・技術的にまだ検討の余地があると考える。

図1-5 住宅性能の評価技術水準のイメージ 

また、内田(2002)[22]によると、建築の性能は、個別に判断できない性能もあり、外界の作用とすべての属性の組み合わせでこの種類は面的に展開する。そして時間や他の性能の組み合わせになって、多次元に展開することに注意する必要がある。更に延藤(1975)[23]によると、住宅性能はものに即した概念であり、人の居住条件と絡ませて論じることは、むしろ、これは住宅供給に於ける居住者と住宅の適合関係の確立の問題であり、性能論としてはいたずらに議論を混乱させる恐れがあることを指摘し、住宅供給と住宅性能の関わりについて問題の意識を示した点も注意する必要がある。しかしながら、こうした技術的限界にもかかわらず、住宅の評価技術は発展してきた。日本において、これまで提案されてきた「工業化住宅性能認定制度」、「優良住宅部品認定制度」、「木造住宅合理化認定制度」、「住宅性能表示制度」は、部位別や個別的な性能を捉え、総合的性能として使っているが、必ずしも総合的に対応した性能としてはいえない面があり、空間別性能にも至っているとは言えないと考える。
第二に、住宅市場において性能情報の流通の限界については、住宅市場において性能情報の流れを考えると、住宅の供給者は住宅性能情報を1次的に生産し開示している。情報媒体によって伝達の度合に差異がある。また、不動産情報提供者は、供給者の要請による広告等を通じて開示したり、1次情報を確保・加工し、独自的に開示したりすることもできる。このように市場における性能情報の流通は、経済学の観点からみると、性能情報が財として意味し価値のある情報、つまり、市場で正の価格を持ちうるものに限られる(永谷,2002)[24]。情報の所有者の効用を高める力を持つという意味で、その力が当該情報に対する需要を生み、それが正の市場価格に(少なくとも潜在的に)つながるわけである。しかし、情報の効用性は、所有者の立場によって異なるため、必ずしも全ての利害関係者に一致することではないことに注意する必要がある。 従って、専門的・工学的知識に乏しい需要者が求める住宅に関する情報は、技術的や市場的で対応できないこともある。また、供給者から開示される性能情報は、品質に関するシグナルの側面から他商品との競争において効用性があるものに限られる可能性がある。なおかつ不動産情報提供者は、市場において財として認められる情報を流通させる可能性が高い。その意味で流通される住宅の性能情報は極めて限られているものとなっているといえる。


[1] 参考文献22) 
[2] 参考文献23)によると、ある人の消費が他の人の消費可能性を減らさないという性質を消費における「非競合性」という。また、「排除不可能性」は価格を払わない人の消費を妨げること(排除すること)が著しく困難することことである(排除の可能は財を供給する際の技術的条件に依存)。「準公共財」は混雑現象の生じた公共財であり、排除不可能性を持つ財・サービスは料金を徴収ができない。
[3] 参考文献23)
[4] 参考文献21)によると、「非排除性」は、対価を払わずに消費しようとする人を排除することが不可能な性質のことであり、「非競合性」は多くの消費者によって同時に非競合的に消費が可能であるという性質のことである。この二つの性質を兼ね備えるものを「純公共財」と呼ぶ。また、非競合性を持つ財において市場機構による供給が可能な私的財のなかに社会の秩序維持や福祉の向上などの社会的目的にとって価値があると判断される財があり、これを価値財という。
[5] 参考文献14)
[6] 参考文献24)の住田(1988)は、このような結果、住宅の質は3面(住宅、住環境、居住者)、とりわけ住環境の要素を充足できなくなり、これを住宅難といわれている。住宅は、商品的特性と公共財的特性に規定され、住宅難の状態に陥りやすい。また、市場制度のなかで価格メカニズムが十分に機能せず、住宅不足や住宅の質の低下を必然化しており、住宅難は経済制度それ自体が生み出したものであると指摘している。
[7] 参考文献26)
[8] 参考文献22)
[9] 参考文献27)
[10] 参考文献28)
[11] 参考文献29)
[12] 参考文献30)によると、供給者と需要者との間における情報の非対称性が、市場から良質の商品を駆遂してしまうという問題を初めて指摘したアカロフ(Akerlof,1970)の「レモンの原理」や、品質の差を何らかのシグナルを用いて需要者に知らせることで、高品質と低品質の二つに市場がセグメントされることを分析したスペンス(Spence,1973)の「シグナル理論」等がその先駆的研究となっている。しかしながら、市場メカニズムによる品質の決定という着想は、(Falkinger、1992)から得ているが、消費者に対する品質情報の提供が、必ずしも品質水準を引き上げる作用をもつとは限らないということである。これは品質情報を提供すると消費者は品質により多くの関心をはらうようになるので、企業もそのような消費者に対応してより高い品質の商品を提供するようになるだろうという常識的な推測とは相いれない。品質情報の提供による需要増加の効果が大きければ、その超過需要を価格の上昇で十分解消できない場合いわゆる「売り手市場」の状態が続き、その結果、品質管理がルーズになったり、低品質の商品を生産する企業する企業の参入を招く可能性があるからである。そのような場合、消費者の良質品を選ぶ相対的な確率が情報提供によって上昇するにもかかわらず、同時に市場に出回る商品の平均的な品質が劣化するという一見パラドキシカルな状態が起こりうるのである。
[13] 参考文献31)
[14] 参考文献32)
[15] 参考文献31)
[16] 参考文献33)
[17] 参考文献33)
[18] 参考文献32)
[19] 参考文献34)によると、特にフランスは、「人間の要求」に即して本来建築物は如何にあるべきかを追求する技術として性能評価手法の確立に取り組み、その結果として、新しい建築技術の評価制度である「アグレマン」制度が1955年に実施され、後に欧州諸国に広かった。
[20] 参考文献36)
[21] 参考文献37)
[22] 参考文献39)
[23] 参考文献38)
[24] 参考文献31)

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