2010/03/24

第1章 序論/1.1 研究の背景/1.1.3 住宅性能表示制度の導入と意味

(1)諸国の住宅性能表示制度の現況
住宅性能表示制度は、住宅の品質確保の促進と住宅購入者等の保護を図ることを目的として住宅の性能表示の共通ルールを設け、需要者による住宅の性能の相互比較を可能にする。住宅性能を等級化させ、制度を実施している国としては、フランス、日本、韓国をあげることができる。日本の場合、住宅性能表示制度の導入を、その前身である「工業化住宅認定制度(1973)」を起点としてみると、3カ国の本制度の導入の時点は量の時代から質の時代へ転換する時期と大体一致している。しかしながら、表1-5に記載されたように制度の仕組みは異なっている。その差異を整理すると、「義務付け制の実施の有無」、「指定紛争処理機関の有無」、「制度の管理主体」に大別される。住宅政策のタイプが「第3セクター主導型」[1]と呼ばれ、政府の援助と住宅保証制度の発達、非営利団体が住宅政策の主体となっているフランスの場合は、「消費者保護及び情報公開に関する法律」に基づき、カリテル協会(Association Qualitel)に制度の管理を任せている。別途の住宅紛争処理機関を設置せずに、任意制(一部は義務付け)で行われている。次に住宅政策のタイプが公共主導型に近い日本の場合は、品確法に基づき、行政の管理のもと任意で行われており、住宅保証制度があまり発達していない事情から、別途の指定住宅紛争処理機関を設置している[3]。最後に住宅政策のタイプが民間主導型に近い韓国の場合は、住宅法に基づき、行政が管理・運用し義務付けにしており、別途の指定住宅紛争処理機関を設置していない。

表1-5 諸外国の住宅性能表示制度との比較[2] 

こうした3カ国の住宅性能表示制度は、その枠組みや仕組みなどが様々になっているが、各々の住宅市場の状況及び住宅政策のタイプ等により定められたと考える。図1-6は主に欧米の資本主義社会の発展に伴い、3カ国の住宅供給体制の変遷と住宅市場の発展の相違を示し、その中で住宅性能表示制度の導入を位置付けたものである。3カ国は戦争以降の深刻な住宅不足問題に直面したが、フランスや日本は公的介入と公的投資を通じて住宅市場を補完する住宅政策を確立してきた。住宅の量的不足の解消及び充実を推進しながら、都市化成熟段階(都市型社会)に入り、住宅問題は量の問題から質の問題へ移行した。住宅市場を活用した住宅の質的充実のための住宅政策に転換し、民間住宅市場が活性化されてきた特徴がある。

一方、韓国は1960年代初めに国家の財政資金が産業復興に優先的に配分される産業化重視の政策領域のなかで形成された住宅政策は、欧米日より制度的インフラの整備が遅れた。1960年代末以降の急進的な産業化と都市化の進行に伴う住宅不足の解消と住宅の大量供給を目的に1970年代初めから本格的に公的介入を始め、民間投資型住宅供給体制を構築し持家市場を発展させ、住宅需給のギャップの問題に応じて量的問題を解消してきた特徴がある。このように3カ国は、戦後の需要ギャップの時期に住宅の公的投資と公的介入を一体した形態で市場を補完してきたフランスや日本と、公的介入だけで市場を補完してきた韓国に分けることができる。しかしながら、1970年代から都市化の成熟段階に入り、第1・2次のオイルショックと伴う高度経済成長の終焉と財政危機は、住宅建設及び維持管理への公的資金の投入を困難とさせた[5]。フランスと日本等は、住宅市場メカニズムに依拠して住宅供給を図って持家のシェアを高め、社会資本投資主導型から民間投資主導型へに転換した。近年のフランスと日本は各々住宅ストックの5割以上、6割以上が持家で占めており、このような傾向はフランスより日本が強い[6]。韓国はフランスや日本より産業化・都市化・住宅政策・住宅市場の後発性と急進性の特徴があり、これらに加えて急速な産業社会化が進行する中に住宅問題が顕在化しており、その流れの中で韓国の住宅性能表示制度が行われている。これは韓国の住宅性能表示制度が置かれている状況は、フランスや日本と異なる経路及び背景を持っていることを意味している。同時に持家化は住宅の商品化を意味しているために3カ国の住宅の商品化の問題は住宅問題の中心にあるといえる。

図1-6 諸国の資本主義社会の発展からみた住宅市場の発展と住宅政策の変容[4] 

(2)住宅性能表示制度の政策的な意味
住宅問題に対応するために手段として多くの法や制度等が作られており、その公的手段体系が住宅政策といわれる。住宅性能表示制度は、住宅市場において供給者と需要者の間の情報非対称性の問題に対応し、性能情報を開示するために公共によって講じられたものであり、住宅市場整備対策といわれる。こうした住宅性能表示制度は、住宅政策の機能面と住宅政策の手法面から意味をづけることができる(図1-7)。先ず、住宅政策の機能において社会福祉的機能と社会資本形成的機能の視点からみると、前者は、住宅市場における住宅取得後のリスクや選択の失敗に対応する需要者の情報収集・住宅選択の支援、特に中高所得層向け消費者保護行政の展開という点が評価できる。後者は、住宅市場において需要者の合理的な住宅選択と供給者の居住性向上の取組みを促進し、市場メカニズムを活用し良質な住宅ストック形成に向けての役割を果たすことができるという点が評価できる。
図1-7 住宅政策における住宅性能表示制度の意味 



次に住宅政策の手法面からみると、ある政策目標のために導入し得る政策の手法には様々なものがあり、代表的な手法に、規制的手法、経済的手法、情報伝達的手法等をあげることができる。特に情報伝達的手法は、政策決定の基礎、政策目的達成の手法、市場における選択として意味をもち、近年建築の環境政策分野では情報伝達的手法の活用が増えつつある。具体的に表示、教育、影響評価、モデル事業等があり、環境ラベリング等は代表的な例となる。こうした意味で住宅性能表示制度は、主に居住性の情報を提供し、住宅市場で適切な住宅商品の選択に影響を与えることができ、市場の選択を図ることとなる。更に、住宅商品の取引における住宅性能情報を提供する義務と権利の関係を成立させ、説明責任や自己責任の基礎を提供することとなる。なお、今日の住宅問題は量の問題から質の問題への移行が示されており、その対応となる住宅政策においても対物的対策から対人的対策への転換が見られている。特に住宅の商品化が進行する中で住宅供給プロセスにおける需要者の役割を重視し、住宅選択の行動において「賢い需要者」を育ていく必要性が高まっている。住宅性能表示制度の性能情報提供は、こうした文脈の中で位置付けることができる。住宅性能表示制度は質の時代やストック時代の住宅政策の推進において欠かせないものであり、その役割が多く期待されるものであるといえる。 

(3)制度の受容をめぐる問題
制度主義の主要な源泉であるシュモラーによると、「制度は、慣習と道徳ルール、慣習と法といったものの総体で、それは共通の中心あるいは共通の目的を持ち、互いに支え合い、ひとつの体系をなしている」といわれている[7]。特に人間的活動のほとんどの領域においては慣習と法が共存しており、その間について次のように本質的な関係を示している。「慣習」は習慣や実践に関わる事柄であり、これは道徳感情に媒介されてしきたりに転ずる。それぞれのしきたりは生活慣習の歴史であり、慣習のルールや生活慣習の重要性は経済生活にとって本質的なものである[8]。一方、「法」はこれが制定されて以降、慣習から区別される。法は定め合理化する一定のルールに権力の承認を与える[9]。慣習の領域は形式的な法の領域から常にあふれて、それを超え出す。法の命令を支えているのは国家権力であり、特定の執行人を持たない意味で慣習の命令を支えているのは世論である。制度の変化において前者は国家というの組織による選択の要因であること、後者は制度が進化の対象であることを示すことができる。

ところが、社会における制度の主要な役割は、人々の相互作用に対する安定した構造を確立することによって不確実性を減少させることである(North,1990)[10]。制度は個人が行うことを禁じられているものや許されている条件等のような制約であり、人々の相互作用にとっての指針であるといわれる。不確実性が大きい状況において経済的選択に直面した個人は、関連制度の助けを借りて取引を行うことができる。こうした意味で韓国において住宅性能表示制度が行われているが、住宅の性能を扱う社会的や経済的な慣習や慣行は十分であるのか、また、本制度が内部的に生成された制度はでなく、別の国より模倣された制度という点から住宅性能表示制度の役割及び成果を期待できるかという問題を指摘することができる。 

このような問題を扱うためにノースの制度論を使って制度の変化や受容を理論的に説明する。ノースは、制度を「フォーマルなルール(規則、法律、憲法など:以下法)」と「インフォーマルなルール(行動規範や慣行、行為者の主観など:以下慣習)」、それらの「執行や履行(enforcement)」で概念化した。新しい法による「フォーマルなルール」は、国や既存固有の慣習による「インフォーマルなルール」が慣性をもち、「フォーマルなルール」と「インフォーマルなルール」の間に軋轢が生み出され、フォーマルなルールが、うまく機能するとも言えない状態になることを示している[11]。このような制度の変化の困難性を説明するのが「経路依存性」であり、フォーマルなルールが変更された場合でも行動規範や慣習等が依然として存続する可能性を示し、制度の変化の難しさを説明する。要するに制度の変化は、新しいルールや法律による制度的制約の変化に対応するための慣習の変化が求められることとなる(インフォーマルなルールの均衡)。 

しかしながら、インフォーマルなルールの均衡は、フォーマルなルールの変化の後に徐々に発展することであり、これは「漸進的な変化」といわれる[12]。文化的に派生するインフォーマルなルール(制約)はフォーマルなルールの変化に応じてすぐに変化しない。制度の変化に伴う補完的な関係にある諸制度、そして諸制度によって提供されたインセンティブ構造の結果として生成・発展してきた組織と人々の慣習の間に新たな関係を構築するために、物理的なコストや時間がかかり、心理的な抵抗等との関連が深い。さらに、別の国のフォーマルな制度を採用した経済のパフォーマンスは、その別の国とは違った特徴をもつことになり、その結果も多様である。制度を採用した経済パフォーマンスから生み出すインセンティブの相違を示すのであろう。こうした意味で制度の移転や模倣は、フォーマルなルールの移転にもかかわらず、移転元の国と慣習、執行、そして経済パフォーマンスが異なるために期待される成果が生まない可能性が高くなる。従って、制度の導入(フォーマルなルールや法律)は、社会や経済的問題に対する対応のために十分条件とはいえない。

住宅性能表示制度は、住宅の取引において性能の表示と開示に関するルール(フォーマルなルール)が定められたものであるが、制度の目的に当たる役割を果たすためには補完的な諸制度と行動規範や慣行を含む多様な制約(インフォーマルなルール)における多くの変化を必要とする。これは住宅性能表示制度の利害関係者、即ち供給者、需要者等の慣行や行動規範等の変化を意味しており、フォーマルなルールとインフォーマルなルールの均衡を「制度の受容」という。制度の受容は国によって異なる形になる。本研究では住宅性能表示制度は、狭い意味でフォーマルなルールとして住宅性能表示制度の法律や規則、広い意味でインフォーマルなルールとして利害関係者の慣行や行動規範を示すことができ、これらを図1-8に示す。

図1-8 制度経済学的観点からの住宅性能表示制度 

(4)韓国における住宅性能表示制度の施行をめぐる懸念
住宅性能表示制度は法律により成立された制度であるが、既存住宅の取引慣習や慣行等の変化を求めているためにこの新しい制度が必ずしも社会へ定着するわけではない。これはノースが指摘したように、法律による制度(フォーマルなルール)と利害関係者の慣行や慣習(インフォーマルなルール)の間には軋轢が生み出され、新しい制度の機能を困難にすることを意味する。例えば、供給者の事業としてはこれまで公開されなかった性能情報の公開が必ずしもメリットがあるとはいえない。少なくとも需要者が住宅購入の決定する時に住宅性能の情報の使い方に慣れていない可能性もある。こうした観点からみると、韓国は創設間もない状況にあるが、最初の年度の認定実績は2件(義務対象)に過ぎず、供給者は義務対象から忌避する傾向が見られている。また、性能情報の開示に伴う住宅に対する誤った概念が生じること、過度な性能競争等、制度が社会に及ばす影響に関する懸念もある。さらに、需要者による住宅の性能の相互比較とするというメリットが生じ、需要者による住宅選択を効果的に支援できるかも疑問である。このような状態が進むと、住宅性能表示制度が社会に定着するかどうかは不透明である。

ところが、フランスや日本でも住宅性能表示制度は施行されており、フランスは初めに住宅性能表示制度を施行し3カ国の中で最も長い歴史を持っている。家賃などに対する社会的規制を受けることを条件に供給側への建設費補助と需要側への住宅費補助を取り混ぜた住宅政策(社会住宅政策)に基づき、主に建設費補助を受ける公共賃貸住宅を対象に普及しつつである。また、韓国の制度のモデルとなった日本の場合は、2000年より始まり、現在制度の運用や実効性等をめぐる改善余地が指摘されているが、任意制にもかかわらず制度の普及が進み、評価住宅として持家市場で定着していく姿勢が認められている。しかしながら、日本は1980年代初に住宅性能表示制度を推進したことがあるが、住宅性能の評価技術の不足、供給者の反対、需要者の認識不足によって施行することができなかった経験がある。現在韓国の住宅性能表示制度をめぐる状況は、むしろ日本の1980年代初めの導入に失敗した状況と似ている。韓国は住宅性能表示制度が施行されているが、供給者の反対、普及の不振等、本制度の普及を巡る住宅市場環境は充分に揃っていないと考えられる。このように韓国は、住宅性能表示制度をめぐる問題及び課題を抱えており、制度の受容を注視し検討が必要である。

[1] 参考文献41)の岸本幸臣(1986)は、住宅の供給主体によって政策を分類すると、最も簡単に「公共主導型」、「民間主導型」、そして中間形態としての「第3セクター主導型」の3タイプで分類した。
[2] 表6は「*」は参考文献42),「**」は参考文献43),「***」は参考文献44),「****」は参考文献45)を参考し作成した。
[3]日本の任意制は基本的に市場主義を反映したことであるが、参考文献41)によると歴史的に住宅政策を機能させるための放任型に近い点(岸本幸臣,1986)が作用したことと考えられる。
[4] 参考文献1),4),14),21),22),47),48),49),52)を参考し作成。「*」:参考文献47)によると、貧困層への住宅供給という意味で初めて1883年に「The Builder」という一般雑誌に登場したと記した(延籐,1985)。「**」:参考文献21)によると、1973年は全ての都道府県で住宅数が世帯数を上回り、社会的意味として、先ず、高度成長から低成長への転換したこと(成長の影に隠れていた矛盾が表面化)、次にニュータウンなどの開発が沈静化に向ったこと(都市開発は経済優先から生活優先へ)、最後に3大都市圏への人口移動は収束したこと(東京圏への一極集中)が指摘されている。その結果、住宅政策は、「量的充足」から「質的向上」に転換し、住宅の数値の基準は「一世帯一住宅」から「一人一室」の実現にすげ替えられたと記した(住田,2007)。
[5] 参考文献22)によると、20世紀の最後の四半期に公的住宅供給からの撤退、公営住宅の売却(英国)、公的介入の縮小傾向(仏国や独逸)が明確になった。
[6] 参考文献44)による持家率:日本:61%(2003)、仏国:56%(2002)、独逸:41%(1997)、米国:70%(1999)
[7] 参考文献51)
[8] 参考文献51)によると、生活慣習は、多くの理念や多様な原因が互いに作用しあってもたらされる複合化された帰結である(グスタフ・フォン・シュモラー,1838-1917)。
[9] 参考文献51)によると、思考と行動の慣習が形成され、社会的合意によって法に取り入れられ、一定の持続性と慣性を獲得する。これらの制度は「習慣的行動の拡張」を意味している。「文化の成長」は慣習化の累積的な連続であり、文化が借用する諸種の方法と手段は永続的、累積的に変化する諸要請に対する慣習的行動の反応である(T.Veblen,1909)。
[10] 参考文献50)
[11] 参考文献50)によると、ノース(1990)は、法や規則等を「フォーマルな制約」、行動規範や慣習、行為者の主観等を「インフォーマルな制約」といわれており、後者は前者の基礎になりこれを補完する役割がある。後者の役割が果たさなければ、法や規則による急速な変化は不均衡状態に終わる。
[12] 参考文献50)によると、その理由を次のように説明している。安定的な選択理論的状況を構成するのは、フォーマルな制約とインフォーマルな制約や、及び執行の側面、それら全体のまとまりだからである。




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