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2010/03/26

第1章 序論/1.3 研究の位置付け/1.3.3 本研究の位置付け

(1)住宅問題と制度の成立の観点
住宅事情は量の時代から質の時代へ進展したと共に、住宅市場において住宅問題の複雑化が進行し、その解決の目標の多様化だけでなく、これらを達成する道筋も複雑化している。住宅性能表示制度は、住宅市場において住宅の品質と価格をめぐる問題の要因を、供給者と需要者間で情報非対称性の問題に着目し、性能情報の開示を通じて解決しようとしているものである。住宅性能表示制度は消費者保護の対人的対策(住田,1988)、良質ストック形成を目指した住宅計画(高田,1991)、住宅市場整備対策(松本,2004)など、それぞれに評価されるものといわれている[1]が、住宅性能表示制度の成立が規定される理由や条件について既往の研究では十分に解明されていない。

住宅性能表示制度の成立は、相互規定的関係にある住宅市場と住宅政策によって規定されることと認識する必要がある。山田(2000)[2]によると、住宅問題の発生は、その背景にある住宅市場の発展の有り方によって規定され、これはまた国の資本主義の発展がおかれた歴史的な条件にその大枠組みが規定されている。韓国は権威主義的資本主義を強化する国家的制度を通じて急成長をなす国である[3]。一つの政策領域として確立された住宅政策は、社会住宅供給に積極的に介入していない中で公共も収益性の分譲事業を行っていることに加え、分譲価格の統制、統制金融政策等を通じて市場に介入してきたために、韓国の住宅市場は「国家主義市場体制(LIM,2002)」や「跛行的市場(HA,2006)」といわれている[4]。こうした住宅政策と住宅市場の下で住宅政策の後発性や都市化の急進性にもかかわらず、経済成長と共にミドルクラスを基盤とした持家市場を発展させて、近年韓国は住宅の量的不足をほぼ解決してきた。その原動力は住宅商品を媒介とした土地の利用と所有独占(住宅商品の独占的性格)を容認や支援する代わりに、住宅需給は自助努力や自力開発を原則としている住宅政策のスタンスにある。このことは韓国の住宅市場の特別な問題として現れてくる。山田(2000)[5]によると、住宅商品の独占的性格によって住宅市場において「アフォーダビリティ(負担能力)」の問題を深刻化させるといわれている。更に住宅・土地を投機の対象として性格付け、アフォーダビリティ問題や土地利用の不安定化を顕在しやすくなる。これは韓国の住宅市場において住宅問題の第1側面である。しかしながら、アフォーダビリティ問題は民間投資をベースとした持家市場が活性化された国の共通的問題であり、日本も例外ではない。次に住宅の公共性の欠如である。日本でも市場の失敗による住環境の悪化が指摘されているが、近年の韓国で住宅問題を規定する第2側面である。韓国では公的投資に成り代わって民間投資により住宅が建設されてきたために、住宅という財に対して社会資本的意識を期待できずに私財的意識が顕在している。社会的に住宅を公共財として感じるような公共性意識の形成が遅れているといえる。さらに「建築不自由原則」は、量の不足の解消や景気対策のために非一貫的や臨機応変的であった[6]。本研究ではそうした韓国の住宅市場の独自性に基づき、住宅性能表示制度の成立経緯と市場の補完を解明することを特徴としている。

(2)住宅性能と住宅供給の観点
延藤(1975)[7]によると、住宅性能の研究において大きな課題は住宅供給と住宅性能の絡み合いを社会的ひろがりの中で位置づけ、ハウジングの観点から、国民全てが居住するにふさわしい住宅をいかにつくり、いかに提供し、維持するかを一つの社会的仕組みとして構想し表現することにある。その観点からみると、住宅性能は、住宅の商品化の進展と住宅の質の向上を市場原理に委ねる方向が打ち出されているなかで、住宅供給プロセスにおいて供給者と需要者の立場によって流動的な住宅品質に対して相互の間にコミュニケーションの手段としての役割が期待されるものである。住宅性能表示制度は、これを可能とする社会的仕組みの実現の試みの中の一つであるといえる。
しかしながら、新しい制度(法)は、既存のインセンティブ構造を変化させるために制度の利害関係者の抵抗や不満をもたらす。特に住宅性能表示制度は需要者にインセンティブを与えるために供給者の利害と相反する可能性が高い。また、既存慣習や慣行(制度の経路依存性)により需要者や供給者にとって素直に受けられにくくなる。更に、住宅性能はものに即した概念であるが、住宅供給プロセスにおいて人の居住条件とからませて論じるためには、住宅性能表示制度の表示項目に対する需要者のニーズとの適合関係を把握することが重要である。従って、住宅性能表示制度の直接的利害関係者にある供給者と需要者の意識を実証的な把握や分析を通じてその現況や問題等を捉えることが必要である。そのような研究は、日本では制度の直後に行われてきたが、韓国では未だに見当たらない。住宅性能表示制度において供給者と需要者の意識の検討は、制度の全体的な枠組みの評価を通じて制度の仕組みに対する諸問題を指摘するために必要である。また、住宅供給プロセスにおいて情報非対称性の生じる要因として供給者側だけなく需要者側にも問題の余地を把握し、総合的に制度の補完をめぐる基本方向を出すためにも必要である。更に、住宅性能と供給者や需要者の意識、供給者と需要者との評価を通じて、住宅供給と住宅性能の関わりを明確にすることができ、供給プロセスにおいて需要者がコントロールの可能な生産システム、供給システムの実現に向けて意味づけることができる。

(3)住宅性能情報の流通の観点
住宅の商品化が進行する中で住宅供給プロセスや住宅の要素は極めて多様になり、多様な情報が求められている状況にある。既往の研究では需要者による効果的な住宅選択の支援のために認定及び性能情報の円滑な流通が求められている。今日の住宅の商品化が進行する中で、住宅商品の品質を客観的に評価しようとするニーズが高まっている。「性能」は、品質を示す指標であり、比較可能な一般性をもった使用適合能力といわれる(岩下,1994)[8]。しかし、住宅の場合は、物件ごとに品質が異なり、性能の把握も容易ではない。これは住宅市場において情報非対称性の問題に対応が遅れた要因となったが、評価技術の発展に伴い、住宅の部位別や個別的性能の把握が進み、近年性能情報の開示が徐々に進んできた。近年、住宅の質の向上を供給者と需要者の間の市場原理に委ねる方向が打ち出されているなかで性能情報の役割が期待される。更に住宅性能表示制度は、性能情報の相互比較、信頼性を高めるために性能に関する表示の共通ルールを定め、性能情報の流通のための基本的要件が揃ったといえる。一般的に最大の情報源は自分の体験してきた住まいや住生活であり、親類や知人からの間接体験によって構築された自分のイメージが源となる。このような実物体験や擬似体験が極めて優れた情報であるが、現実的な制約より様々な情報媒体を通じて住宅商品の情報を取得することとなる。
韓国におけるIT技術の発展とともにインターネットの急速な普及の拡大によって情報媒体としてのインターネットが重視されている。近年の韓国の不動産情報提供体制においてインターネットによる民間不動産情報提供者は重要な役割を果たしている。既往研究で需要者は不動産情報の取得の主な媒体として最もインターネットを多く利用しており、信頼度が高いのであるが、情報の利用状況は不動産ニュース、既存住宅の市勢情報が中心となっている(Choi,2006)[9]。このような状況は、前述した韓国の住宅市場の特徴を反映しているうえ、ストック情報を中心に不動産情報提供体制が整備されてきたことを示している。ストック情報を中心に蓄積されている民間の不動産情報提供体制に、住宅の品質を客観的に示す性能情報等のような新たな情報を付加させ、フロー情報の充実化を図る必要がある。そのために既存の不動産情報提供体制と住宅性能表示制度との接点を探り、評価書の情報の流通を活性化させる必要があると考える。

(4)住宅性能表示制度の国際的比較の観点
国際的な視点からの住宅性能表示制度の比較は、仕組みが類似している韓国と日本を主要な比較対象としている。フランスでも住宅性能表示制度が行われているが、制度の仕組みの相違がある点で日本と韓国とは区別される。しかし、韓国と日本において住宅政策と住宅市場等の諸条件の相違が、制度の独自な枠組みをとらせると共に、社会や文化、経済を背景とする供給者や需要者の慣習や慣行が固有な受容の特徴を生み出す可能性が高い。また、韓国は先行した日本の住宅性能制度を参考にした。国際社会において他国の最善制度を学習し、自国に採用することは珍しいことでないが、これが必ずしも成功していなかった点に注目する必要がある。これはノース(1990)が嚆矢的著作で提起した重要な問題であり、彼は制度にはフォーマルなルール(規則や法)とインフォーマルなルール(行動規範や慣行)の存在を示して解明している。彼は、優れたフォーマルなルールを外国から取り入れたとしても、国固有のインフォーマルなルールが慣性を持ち、変化を困難にすることを指摘している(青木,2001)[10]。結果的に借り物のフォーマルルールを執行しても、うまく機能するといえないものになる可能性を示唆している。 このような制度の実効性をめぐる問題は、日本でも既述のように提起されている。日本の場合、独自的な制度の仕組みをとっているといえるが、フランスの制度を参考にしたためにノースの指摘した問題から完全に離れたとはいえない。これが日本の現在の制度が狙っている比較可能性のメリットを生まない等、制度の役割が十分に果たされていない状況を説明するかもしれない。その意味で韓国も、同じ形態の問題を抱える可能性が高い。更に、日本の場合は住宅性能表示制度の導入以前から、供給者サイドへの規制やその設計目標を与える性能から一般的に技術的知識の下地に乏しい需要者の立場に向けた検討が行われてきた。韓国の既述研究をみると、韓国において性能論は未だ供給者サイドへの規制やその設計目標を与えることに比重が高い。従って、韓国の場合も実効性の問題に直面する可能性が顕著であると考える。こうした点を考慮し本研究では、両国の住宅性能表示制度の枠組みや社会へ展開を比較・検討することで、社会的に住宅性能表示制度の影響を明確にすることができると考える。


[1] 参考文献24),14),87)
[2] 参考文献22)
[3] 参考文献92)
[4] 参考文献4),93)
[5] 参考文献22)
[6] 参考文献22)によると、建築不自由の原則とは、住宅建設を含む市街地の建設・開発行為(取り壊し行為を含む)が、社会的にコントロールを受けて行われる状態をいう。規制の及ぶ範囲や内容は様々であるが、多くの先進国においては市街地空間の持っている環境・景観・歴史性などが開発行為によって破壊されないように、強力な規制が行われてきた。居住空間に対する都市市民の文化的、社会的欲望水準の発展が、単なるシェルターとして住宅を見る段階から、地域空間のあり方を含めたより豊かなアメニティを重視する段階へと発展することは必然的である。ミドルクラスを中心とする高い社会的欲望水準の広がり、またスラム問題などの住環境問題との長期にわたる格闘の中で都市文化の形成と蓄積は、公的介入を積極的に要請するこの時代の社会的意義と相俟って、都市計画と建築不自由の原則に基づく都市・住宅開発の全面的な発展、換言すれば、住宅の公共財的性格の顕著な発展をもたらしたのである。
[7] 参考文献38)
[8] 参考文献30)
[9] 参考文献94)
[10] 参考文献95)